episode.19
翌日、支度を終えて甲板に出るとシャチと一緒に何故かローがいた。どうやらローも酒屋に用があるらしく、三人で酒屋に向かうことになった。
入った瞬間、ブワッとアルコールの匂いがして思わず眉間に皺が寄った。みればウイスキーの試飲コーナーがあり、匂いはそこからのようだ。ローの匂いや、処置室の消毒液とも違う独特の匂いに、人より鼻が効くせいもあってクラクラする。
「おいおい大丈夫か、リト」
「へーき」
ほんとか?無理すんなよ、とシャチに頭をぽんぽんされて気合を入れ直す。イッカクに美味しいお酒を選ぶんだ。しっかりしろ私。ワインの棚に移動してラベルを見ていく。知識が全然ないので産地をみてもピンとくるわけではないのだが。なんとなく年季が入っているのがいいのかとシャチに聞いてみるが、いや好みだなと絶望的な答えが返ってきた。お酒の、ましてや味の好みとは??
「一般的には年季と共に渋さに丸みが出てくるとは言われてるけどな。あとは甘みと酸味とかその辺の好みだな」
「…まるみ…あまみ…」
「…シャチ、いくつか候補出してやれ」
あまりにも私が戸惑っていたのか、見かねたローが助言をしてくれた。シャチが店員と少し会話をして、棚からいくつか出してもらう。店員が試飲もできますよ、と提案をくれた。ローは渋い顔をしたが、せっかくなら自分が美味しいと思うものをあげたいと思い、少しだけお願いしてみることにする。ショットグラスに少量ずつ入れられた赤ワインは8種類。色の違いはほとんどない。果たして私に味の違いがわかるのかと半信半疑でひとつめを口に含む。う、渋い。葡萄の甘味は遠く、アルコールの匂いもキツい。もう少し大人になったらこれを美味しいと思う日が来るんだろうか。続けざまにふたつめ。あれ、さっきより少し飲みやすい。口当たりが軽い気もする。みっつめ。あ、これは香りが好きかもしれない。よっつめ。うえ、これはいままので一番渋い…いつつ、むっつとグラスを空けていく。なんとなく味の違いはあるんだなと分かったような、分からないような。うーんでもこの中なら。
「どうだ、気に入ったのあったか?」
「…これ、かな」
シャチに問われて、ひとつを選ぶ。ななつめに飲んだやつだ。渋さも葡萄の味も程よい感じを受けた。私的に一番飲みやすい。どう思う?と視線で投げかけると、シャチも同じものを試飲して、いいんじゃないかと頷いてくれた。ホッとしてそれを二本包んでもらうことにする。ローはと、店内を見回すと赤ワインの試飲はせずに、ひとりブランデーの棚にいた。
「ロー、私は決まったよ。ローは何か買う?」
「紅茶に垂らすブランデーを見てる」
「紅茶に入れるの?」
そんな飲み方があるのかと少し興味を惹かれて一緒に棚を見る。ローもお酒に酔ったところは見たことないが、結構飲む方だと思う。自分からというよりは周りが飲んでたら飲むタイプだ。しかも淡々と。
紅茶に入れるということは、夜の読書のお供にするつもりなのかなと勝手に想像した。気になるものがあったのか、ローは店員に声をかけて試飲を準備させる。試飲用の瓶が開いた途端、ふわりと甘酸っぱい林檎の香りが広がった。
「リンゴのいいにおい!」
「こちらはアップルブランデーになります」
私の声に、すぐさま商品の説明が入った。アップルブランデーの名の通り、まるで林檎の蜜を煮詰めたような琥珀色がとても綺麗だ。試飲の結果、ローのお眼鏡にかなったようでそちらも購入の流れとなった。
目的のものを手に入れて、店を後にする。二人の前を行く私の足取りは軽い。イッカクが喜んでくれたらいいなぁ。お金に関しては、本当は自分で稼いだお金でお礼をしたかったけど。海賊稼業に定期収入はないし、最近やっと戦闘に参加するようになった程度の私では、敵船のお宝を頂戴する機会もない。帽子をもらったし、次の機会があれば積極的に私もお宝をいただきにいこうと思った。
「リト、なんかお前ふらふらしてないか?」
「へ?」
後ろからシャチに言われて振り返る。その拍子にくきっと足首を捻って体制を崩した。咄嗟に落とすまいと抱えたワインを握りしめる。転び切る前にローが肩を掴んで支えてくれた。そのままじっと顔を見てくる。ち、近い。
「…顔が赤い、お前さては酔ってるな?」
「は?あの程度の量で?」
「え。そんな、よってないよ」
そんなことないと否定しては見るものの、言われてみればなんだかフワフワする。酒屋さんに長居したせいで鼻が麻痺していたが、試飲も結構したし酒気にあてられたのかもしれない。不意に頬を鷲掴みにされて、ええっとローを見返した。ローの指が冷たく感じるということは私の頬が熱いということだ。
「酔っ払いはみんなそう言う。帰ったら水飲んで寝ろ。わかったな?」
「ふぁい」
素直に返事をするとパッと指が離れた。酔っていると自覚したからか、なんだか眠たいような気もしてくる。
寝る前にイッカクにプレゼントを渡さなくっちゃ。
ちょうど部屋にいたイッカクに、もじもじしながらプレゼントを渡すと、それはそれは喜んでくれた。大事に飲むわ、と素敵な笑顔をもらって特別な時まで取っておくとワインはイッカクのベッドの裏に仕舞われていった。
食堂へ行く道すがらイッカクに酒は飲まないのかと聞かれた。機会がなくて飲んだことはないし、お酒を飲みたいと思ったこともなかったと正直に伝えた。
「酒屋に行ったんでしょ?気に入ったのはあった?」
「うーん、試飲もしたけど。でもまだワインはむずかしいなぁ」
「リトがいつか美味しく飲めるようになったらあれを開けよう!そのためにはまずはいろんなお酒を知ること!外に飲みに行った輩もいるし、私たちは船で酒盛りしましょ、ねぇペンギン」
イッカクが通りすがりのペンギンを呼び止める。
「あ?飲むのか。じゃあとっておきのつまみ作ってやるよ」
「さすがペンギン!」
頭の端でそういえばはやく寝ろってローに言われていたなぁと考えたものの。ペンギンもイッカクもいるしさっきまでの眠気も吹っ飛んだ。二人とも一体どこから持ってきたのか、いつのまにか腕に酒瓶を抱えていた。。
ワインに東の酒、ウイスキー、ビール、ウォッカ、ラム。個性の強い酒瓶たちがテーブルの上にゴトゴトと集められた様はなかなか壮観だ。
氷に炭酸水。オレンジなんかも添えられて食堂のテーブルがたちまち簡易バーになった。
手際のよいペンギンがベーコンと芋を炒めたものや、チーズとクラッカー、サカナのマリネなど絶妙なラインナップの前菜を出してくる。
「美味しそう!」
「リト!お酒はおいしいものと一緒に楽しく飲むの!はい乾杯ー!」
グラスをカチンと軽く当てて乾杯するとハートの飲み会が始まった。3人で飲み始めたところに、料理の匂いに釣られてか、船に戻っていた船員がぽつりぽつりと入ってきて10人ちょっとの飲み会になった。
ゆっくり飲もうと意識はしていたが、次から次へと俺のおすすめという銘柄のお酒を注がれて、もはや何を飲んでいるのかわからない。
こっちに来い、つぎはこっちだと、なぜかコンパニオンよろしくあちこちに呼ばれ武勇伝を聞かせてくる。最初は楽しくてうんうん!と聞いていたものの、飲みかけのウォッカのグラスに白ワインを追加で注がれた辺りからもうワケがわからなくなった。
グワングワンと回る視界の端に見慣れた帽子を見つけて助けを求める。帽子の先のペンギンを掴もうとしてバランスを崩しそのまま当人にダイブした。
「おわ、リト!?あぶねぇな、て、え!?お前めちゃくちゃ酔ってるな!?どうした大丈夫か」
「う…だいじょぶ…ちょっと休めばへーき」
「ちょっと目を離した隙に…!こら!だれよリトにこんなに飲ませたの!」
イッカクが周囲のクルーにお怒りモードになっている。
膝の上にダイブしたもののペンギンは難なく受けめてくれた。腕の中にすっぽりおさまったのがなんだか心地よくてそのままペンギンの背中に腕を回してぎゅうぎゅうとだきしめる。そこへふらりとシャチがやってきた。
「あれ、リト飲んでんのか?キャプテンに寝ろって言われてただろ」
「おい、リト!?お前まさか酒弱いのか?こら、引っ付くな!」
「ペンギンずりーな、リト、抱きしめてやるから俺のとこに来い」
わたわたと逃げようとしているペンギンの声を聞きながらベストポジションを探す。シャチは面白がって、しきりに私の名前を呼んでくる。思考力が停止していて、よい寝床を探して寝たいという欲求に突き動かされていた。