episode.8
中央の椅子にローが座り、その周囲にペンギン、シャチ、ベポが立っていた。そんなに広い部屋ではないから、それだけで少し圧迫感がある。
「リト、お前の今後の身の振りについて話がしたい」
そう切り出したのはペンギンだった。聞けば、今日辿り着く予定の島が、ある程度栄えている場所であったなら、私はそこで降ろすという内容だった。やっぱり、と俯いた私に、シャチが慌ててお前のためを思って言ってるんだぜと付け加えた。黙っていたローが口を開く。
「俺たちは海賊だ。俺個人にも果たさなければならないことがある。それには当然、危険も伴う。命の補償はねェ」
「リトはせっかく元気になったし、好きなことができるようになったんだから、安全な場所でゆっくり過ごしてもいいんだよ?」
穀潰しは不要だと言わない辺りに勝手に優しさを感じてしまう。私はこの船に貢献できることはない。航海術も知らないし、料理が得意というわけでも、戦闘が得意というわけでもなく。ただただ保護された怪我人だ。だけど。手のひらを握りしめて、覚悟を決める。私の言いたいことだけでも伝えなくちゃ。
「…ここまで乗せてくれてありがとう。命を助けてくれて、治療もしてくれて本当に感謝してる」
腰を折って、頭を下げる。一つゆっくりと息を吸って、意を決して顔をあげた。
「私は、ローに助けられる前まで、…貴族の奴隷だった。10歳の時に海賊に村が襲われて親が死んだの。私はミンク族の血が入っていたから、珍しがられて。捕まってそのまま売られた。そこを逃げ出して、忍び込んだ船がヒューマンショップの船だった」
自分の身の上を語るには、まだ苦しいものがあって。浅くなりそうな呼吸を、ローに言われた方法でなんとか落ち着けた。私の様子に、無理するなとシャチが話を止めようとしたが、手で遮って口を開いた。
「奴隷だった日々は…っ、地獄で、何度も死のうと思った。でもいざとなったら死ぬのが怖くて…ッ私、…そしたらある日奇跡的に逃げられて。あの船に乗った。でも行き先はヒューマンショップで、私はまた誰かの奴隷になるんだな、って絶望したの」
悪夢のような毎日と、そこから抜け出すことはできないという絶望感。色のない景色。逃げられたと思った希望さえ打ち砕かれるようで、確かにあの時もう死んでもいいと思った。
「この船で目が覚めて。今までずっと。夢の中にいるみたいなの。安心して、あったかくて、楽しくて。大袈裟かも知れないけど、私はこんな幸せをくれたみんなのそばにいたい。命を救ってくれたローのそばにいたい。この先の生涯は貴方のために使いたい。雑用でも囮でもなんでもするから…私をこの船に乗せて欲しい」
もう一度頭を下げた私に、沈黙が落ちる。ペンギンたちがなにも言わないのは、ローの判断を待っているのだろう。重い空気が張り詰める。
「お前は視野が狭すぎる。そんな重い感情はいらねェし、うちには死兵も必要ない。この船から降りた先に、もっと人並みの幸せとやらがあるかも知れないだろう」
「でも、そこにみんなはいないんでしょ?」
海賊が危険なら、命の補償がないというのなら。私の知らないところでハートのみんなが危険な目に遭って死んだりしたら。そんなことを頭の片隅に置きながら、平穏な生活なんて送れない。勿論もう自分から死にたいなんて思わないし、ロー達と一緒に生きていけるように努力は惜しまないけれど。私を人並みに扱ってくれて、救ってくれた恩人の盾になれるなら、それでも悔いはないという意味だ。
「重い感情とかいうけどよ、俺たちだって、船長のために命懸ける覚悟はできてるぞ」
「当然だ」
「俺の方が船長のこと好きだ!」
当たり前のような口調でシャチが援護射撃をくれる。そうだそうだとペンギンとベポがそれに同調して、わかったわかったとローが頭をかいた。
「リトお前の意思を確認しておきたかっただけだ。別に是が非でも船から降ろそうとはハナから思ってねェよ」
「じゃ、じゃあ私も仲間に入れてくれる…?」
「ただし条件はある。うちは少数精鋭だ。非戦闘員もいるが、それでも最低限自分の身は自分で守れる。お前もそうなれ、いいな?」
「…ッうん、ロー、ありがとう!あ、これからは船長って呼んだ方がいいのかな…?」
「気にするな、こいつらが勝手にそうしてるだけだ。そのままでいい」
「そうと決まればツナギの準備だな!」
「リトもオレンジにしよう?」
「いや、白のが似合うだろ」
途端に空気が和み、私にどっちの色がいい?と聞いてくるシャチ。ホッとしたからか、嬉しさからか涙が溢れた。突然泣き出した私にペンギンがオロオロと動揺する。話は終わりだとローが部屋を出て行こうとすると部屋の外でイッカクが待っていた。私が号泣しているのを見て、ギョッとする。すぐに怖い顔になったのをみて、私のせいで何か勘違いさせたと慌てて手を引いた。
「リト、シャチにセクハラされたの?」
「なんで俺なんだよ!?」
「イッカク、違うよ。この船に乗りたいってお願いしてたの」
涙を拭いながら、これからよろしくと伝える。イッカクは眦を緩めて、勿論!と抱き締めてくれた。