粛清






指示された会議室には、長机がコの字にくっつけてあり、いわるゆるお誕生日席のポジションに政宗先輩が威圧感MAXで足を組んで座っており、片倉先生は斜め後ろに控えていた。その横に、にこやかだけど目が全く笑ってない猿飛先輩が立っていて。政宗先輩を挟むように、両隣には見た事ないくらい不機嫌な元親先輩と毛利先輩が座っていた。毛利先輩は、なんでいるんだ?現場に居合わせたから?

すでに人は揃っているようで、私が一番最後だった。他に名指しされていた女子生徒をみれば、一様に怯え切っているが、紛れもなく昨日ゴミ捨て場でやり合った先輩達だ。昨日の今日で一体どうやって特定したんだろう。あ、毛利先輩に聞いたの?だからここにいるのか。

うろうろと視線を彷徨わせ、所在なさげにしていた私を片倉先生が呼び寄せた。
政宗先輩たちを真ん中に挟む様に私と彼女達が向かい合うように座る。
私は穏便にしてほしいと猿飛先輩に頼んだはずだし、毛利先輩には大事にしなくていいと言ったはずだ。ちらりとそちらに視線を向けるが猿飛先輩は張り付けた笑みを浮かべていて感情が読めなかった。

張り詰めた雰囲気に気が重くなる。その空気をさらに重くするように、片倉先生が口を開いた。


「さて、なんでここに呼ばれたかは分かってるな?」


女子生徒は誰も何も喋らない。というか、この状況で喋れる人の方が少ないんじゃないか。だってもうすでに皆んな半泣きだもの。
無理もない。普段あんまり感じないけど、威圧感を出されて初めて分かる、この人たち総じて治安が悪すぎる。


「言わねぇならそれでもいい。毛利、説明しろ」


片倉先生の静かな声が怖い。名指しされた毛利先輩が心底不機嫌そうに舌打ちした。先生相手に随分な態度である。生徒会長ってそんなに権限あったっけ?


「…そこの女子生徒達とそっちの女子生徒が揉めていた。我は学校の治安維持のため仲裁に入った。以上だ」


「ふん、仲裁のために水ぶっかけるのはどうかと思うけどな」


毛利先輩の簡潔な説明に元親先輩がすかさずくってかかる。


「平和的両成敗だ。貴様のような脳筋には思いつかぬ策であろうな」


「テメェ」


「ちょっと!いまあんた達が喧嘩してどうするのさ」


止めに入る猿飛先輩を横目に、元親先輩と毛利先輩の相性は最悪だな、としみじみ思う。喧嘩するほど…というにはあまりにも殺気立っている。元親先輩と毛利先輩のただならぬ仲を想像していた先輩の目にはどう映っているのだろうと、盗み見ると、口を引き結んで二人のやりとりを食い入るように見ていた。どういう感情なんだろう今。

突如ガンッと椅子を蹴る音に短い悲鳴が上がる。蹴ったのは政宗先輩だ。この人は本当に足癖悪い。

「毛利も大概だが今そこはいい。おい、アキ、お前呼び出された時なんですぐ俺たちに言わなかった?」


え?私が悪いの?
まさかの自分に振られた質問に面くらう。


「…まさか先輩達に関係することとは、思わなくて」


「嘘つけ」


「う、…話し合いで解決できればいいかなって思いました」


「結果は?」


「ちょっと喧嘩しました、ごめんなさい」


素直に謝ると、政宗先輩はため息をついて背もたれに寄りかかった。目線が下がり、押し付けられるような緊張感が少しマシになった気がした。


「アキ、一線超えた人間の暴力性を甘く見るな。暴力で簡単に人は死ぬんだぜ」


ぼそりと呟くように言ったその言葉は重く、妙に実感がこもって聞こえた。まるで見てきたような言い方だ。


「…経験則ですか?」


口に出す気はなかった感想が、ぽろりと溢れた。猿飛先輩はさりげなく視線を逸らし、元親先輩は苦い顔になる。毛利先輩は興味なさげに目を閉じていて、片倉先生は床に視線を落としている。誰とも視線が合わないなか、俯いたままの政宗先輩が自嘲気味に笑う。


「…まあ、そんなところだ」


一瞬、政宗先輩が大人びて見えた。あれ、こんな事前にもあったな?記憶を辿ろうとして、すぐに有耶無耶になる。このもどかしさ。


「話を戻す。今度はあんたらに聞くが、あんたらはアキをどういう目的で呼び出したんだ?」


「っ、そ、れは…」


政宗先輩に近づくなと、迫ってきた女生徒は、当人を目の前にしどろもどろ。私も具体的にどんなことを言われたかは黙秘したから、誰も知らないはずだ。おそらくだけど彼女は政宗先輩のファンだ。こんな公開処刑はさすがに可哀想になってきた。沈黙に耐えかねて口を挟む。


「こ、個人的な話ですよ、それは。言わなきゃダメですか?私はもう同じことが起きなければ、済んだことにしていいんですけど」


「アキ、お前は黙ってろ」


「私当事者なんですけど!」


私と彼女らの話なのに、黙ってろっておかしくないか。ついムッとして言い返すと、じろりと政宗先輩の視線が移る。


「じゃあ、今回の暴行事件は個人的な話がきっかけなんだな。それならそれでいい。ただな、今の世の中、私刑は立派な犯罪なんだよ」


「そんな大袈裟な…」


「大袈裟?毛利が止めてなかったら、お前の怪我はそんなもんじゃ済まなかっただろう?」


言われて言葉に詰まった。殴られて転がった時、確かに恐怖を感じた。髪を引っ張られて、逃げられなかったら、多分引っ掻く殴る蹴るくらいはされてたはずだ。私も抵抗したかもしれないけど、数で叶うはずもない。


「アキ、お前がことを荒立てたくねぇのはわかる。だがな、こういうことは有耶無耶にすると碌なことがねぇんだ。おい、お前ら一対多数で呼び出してこいつに怪我させたんだ。私刑が罷り通るなら、俺が代わりにやり返してもいいってことだよな?なんとか言えよ!」


今日いち、ドスの聞いた声で言い放った政宗先輩は社長の息子よりも、ヤクザの若頭の方がしっくりくる。

女子生徒は恐慌状態に陥り、泣きながら口々にごめんなさい、許してください、もうしませんと謝ってきた。


「政宗先輩、もうそれくらいに…」


政宗先輩がこんなに怒るなんて誰が予想しただろう。自分に向けられていないのに怖くて声が震える。もうしないって約束してくれれば、くらいの考えでいた自分が甘かった。


「ハッ、根性のねぇやつらだ。…おいアキ、こんな言質で本当にいいのか?」


「十分です」


納得いってない様子の政宗先輩にぶんぶんと首を縦に振って答える。こんな吊し上げかつ恫喝みたいな感じで来ると思わなかったから、こちらまで心臓が縮む思いを味わった。

片倉先生が、泣いている女子生徒を宥めながら、今回の騒動に対する説明をしている。私が相手を煽らなければ、ここまでのことにはならなかったかもしれない。そう思うと停学などの処分はしないでほしかった。学校としても私の意を汲んで生徒同士の喧嘩で収めるようだ。それでも彼女たちの親へ連絡は行くしらしい。私が怪我して、次の日に呼び出しがあって、校内には自然と誰が何をしたかが少なからず広まってしまうだろう。
政宗先輩の言うように、暴行事件として取り扱っても良かったのかもしれないけど、そうなればあれこれ聞かれて面倒で、何より政宗先輩たちを巻き込むと思った。本人たちだってとばっちりのようなものなので、なるべく巻き込みたか無かったのに、自分達から首突っ込んでくるからどうしようもない。

片倉先生に促されて女子生徒たちは、それぞれ教室に帰っていく。怒られて、威圧されて、散々な思いをしたことだろう。ここから逆恨みされる可能性はあるのかな…ないといいなぁ。
そんな彼女達が出て行った後、さっさと帰ろうとする毛利先輩を呼び止めた。多分彼女達の特定に協力してくれたのは彼だろう。

「毛利先輩、ご迷惑おかけしました。ありがとうございました」


「あいも変わらず、面倒ごとを待ちこむ女だな、貴様は」


「?、はぁ、すみません」


相変わらず、とはどう言う意味だろう。


「もう我を巻き込むでないぞ」


「はい、気をつけます」

毛利先輩との距離感に疑問符が浮かびながらも、去っていく背中を見送った。会議室に残ったのはいつもの人たちだ。


「政宗先輩、ご迷惑おかけしました」


実は昨日、政宗先輩は学校を休んでご実家の仕事に駆り出されていたらしい。それが彼女達の呼び出し決行のきっかけだったのかもしれない。片倉先生は授業だったろうし、私連絡先知らないし。元親先輩は学校に来てたかも怪しい。猿飛先輩には…言っても良かったもしれないけど。ちょくちょく過激派な側面が見えているからちょっと躊躇う。
それでも、それぞれ事情を知って、こうしてすぐに場を整えてくれて、助けてくれた。


「ないことを願いますけど、次何かあったらすぐに頼りますね」


「そうしてくれ。お前が怪我したって連絡来た時は、流石に肝が冷えた」


「政宗先輩が?」


「せっかく平和な世に生きてるのに、大事な奴が理不尽な目に遭うのは耐えられねぇよ」


吐き出された言葉は弱音にも聞こえて。座っている政宗先輩のそばに寄って正面から顔を覗き込んだ。


「心配してくれてありがとうございます、大丈夫です。少し怪我はしましたがちゃんと元気ですよ」


「…無事でよかった。お前が望めば、いつだって俺が守ってやるぜ?」


するりと腰に回った手が体をさらに引き寄せた。密着したまま私の胸元に顔を埋める政宗先輩を、光の速さで猿飛先輩が引き剥がした。

あまりに自然に引き寄せられて、されるがままだった。パーティの時も思ったけれど政宗先輩のこの異常な女慣れはなんなんだろう。迂闊に近寄りすぎないようにしよう。


▼▼▼


あれから片倉先生は職員室に戻り、元親先輩は腹が減ったと購買の方に行き、政宗先輩は一限はサボると行ってふらりとどこかへ行ってしまった。猿飛先輩曰く、社会科準備室を私物化しているらしくそこへ行ったようだ。授業はもう始まっているし、中途半端なタイミングで戻るのもなんだと、人気のない廊下を歩いて屋上に向かう。猿飛先輩も一緒についてきた。


「猿飛先輩、色々ありがとうございました」


「お礼を言われるようなことしてないし、むしろアキちゃんに怪我させちゃって…本当にどう詫びたらいいか」


まるで自分が怪我させたような口ぶりに、どう返していいか分からず困惑する。落ち込んでいるような先輩の空気を変えるべく話を変えた。


「それにしても、意外でした。こういう時に政宗先輩が率先するの。あと猿飛先輩が黙って成り行き見守ってたのも」


「ああ、あれ?旦那達に止められてたから、仕方なくね。ほら竜の旦那は脅しても結局女子供には優しいでしょ?俺様がやってたらやりすぎちゃってただろうし」


旦那達、というのは多分幸村くんも入っているのだろう。じゃなきゃ言うことを聞く人じゃないと漠然と分かってきた。それよりも怖いのはやり過ぎちゃうという意味の具体性だ。政宗先輩のあれが優しいってのは全くわからないし、それを超えるってのは手が出るということだろうか。


「…それって怒ったら猿飛先輩の方が容赦ないって意味ですか?」


「…え、あ。大丈夫!アキちゃんにはなに言われてもされても絶対に怒ったりしないから!」


怖がらせちゃった?大丈夫だよ?と慌てて取り繕う猿飛先輩にそこはかとない恐怖を感じた。だとしたら私当初から相当猿飛先輩に失礼というか雑な対応ばかりしてきている。私の怯えが顔に出たのか、ひたすらに大丈夫を繰り返す猿飛先輩は、もう私の知ってるいつもの先輩だった。



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