高熱で見る夢
怪我した一件のすぐあと。期末試験があってそのまま夏休みに入ったおかげで大きな噂もなく、幸い周囲に変化も起きなかった。
夏休みが始まって一週間。かすがと鶴姫は部活の大会に向けての追い込みで、今日も学校に行っているらしい。彼女らとは8月半ばにお泊まり会をする予定でいる。それまでに宿題を終わらせようとしたものの、先延ばし癖が出てまったく進んでいなかった。
今朝も起きた瞬間から30度を超える猛暑だ。日本の夏は狂っている。今日はクーラーの効いた部屋で思う存分ゴロゴロしよう。そして気が向いたら宿題を少し進めるんだ。遅めの朝食を食べながらそう心に決めた直後、来客を告げるピンポンがなった。
朝から勧誘か?珍しいこともあるなぁ、と思っていると、対応に出た母が戻ってくるなり、
「アキ、お友達きてるわよ、真田くん」
「は?」
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「アキ殿、後生でござる!佐助を助けてくだされ」
珍しく慌てた様子の幸村くんは目の前で勢いよくと頭を下げた。玄関先でやめてくれ頼む。
「ちょ、なに幸村くん、とりあえず顔をあげて…!」
唐突な行動にあたふたしながら事情を聞くと、どうやら猿飛先輩が体調を崩しているらしい。下宿先の武田道場で療養しているが、本人が家事をしようとして動き回り、全然休んでいないのだという。
「寝ていろと言ってもこのくらい平気だと…。道場の家事は専ら佐助が担っていて、手伝おうにも某が不器用ゆえに余計に仕事を増やすと叱られてしまったのだ」
項垂れる幸村くんには悪いが、普段の力加減がおかしいところとすぐ騒ぐところをみるにそれはそうなるだろうなと妙に納得してしまった。
「それで、私はなんの助けを求められてるの?」
掃除洗濯は人並みだけど、家政婦さんのような立ち回りはできないし、料理もたまに自分で作って食べる程度で人に振る舞えるような腕前じゃない。
協力できることなんてあるんだろうか?
「佐助を寝かせて欲しい!」
「それはどういう…寝ろって言えばいいの?」
「某が何を言っても、彼奴は無理をする。けれどアキ殿の言うことなら聞くはずでござる」
力強く断言されても、根拠がない。まぁでも猿飛先輩にはなんだかんだ世話を焼かれたり絡まれたりする仲になりつつあるし。体調が悪いのに無理をして悪化するのもよくないとは思う。ここで家事ができる人に助けを求めるのではなく、猿飛先輩にいい含められる人を探そうというあたり、幸村くんらしい。
「幸村くんで聞かないなら私のいうことはもっと聞かないと思うけど…」
正直気分が乗らないけれど、あまりにも必死な幸村くんの様子にダメ元でいいならと了承した。ここにくる前に才蔵にも声をかけたようで、後から合流するらしい。才蔵は下宿はしておらず普段は自宅から道場に通っているのだそうだ。才蔵がいれば事足りそう、何となく器用そうだし。
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事前に道場だと聞いていたから、それなりに大きな敷地なのだろうと思っていたが想像の2倍はゆうにあった。よく考えれば下宿もできる規模なのだから広くて当たり前である。武田さんはここ一体の地主でもやってるのか。大きすぎる門扉と長く続く板塀に圧倒される。中はなかでお寺の境内のような玉砂利が敷かれ、おそらく道場であろう平屋の建物と、奥に二階建ての母屋が見えた。猿飛先輩と幸村くんは母屋の2階に部屋を借りて住んでいるらしい。そう言って案内された母屋もやっぱりとんでもなく大きかった。
この規模の家の家事を担う猿飛先輩とはいったい…?さすがに家政婦さんとかハウスキーパーさんとか入っていいのでは、と思いふと考える。建物の規模のわりに入り口からここまでほとんど人に会わなかった。誰にも何のご挨拶もなしに母屋までずかずか入ってきていいのだろうか。
「親方様はあいにく会合に出ているようで、今日は稽古も休みなのだ」
「そうなんだ」
「親方様もアキ殿に会えず残念がっていた」
「そ、そう」
残念がらなくて全然いいし、幸村くんや猿飛先輩がどう私の印象を伝えてるのかも考えると怖い。
幸村くんは勝手知ったる様子で母屋の玄関を開けて、ただいまと中に声をかけた。
「おかえり旦那、才蔵もきたの?あれ?アキちゃんが何でここに?」
奥から大きな洗濯かごを抱えて顔を出した猿飛先輩は、玄関に並ぶ私と才蔵をみて目を丸くした。マスクはしてるけど一見するととても病人には見えない。
「佐助!洗濯は某がやるといったであろう!」
「馬鹿力の旦那に任せたら服が傷むでしょ」
「長、洗濯なら俺がやります。寝ていてください」
「才蔵なら、まぁ、いいか」
瞬時に猿飛先輩からかごを奪い取った才蔵が慣れた様子で廊下の奥に消えた。干しに行ったのだろう。
「それで?アキちゃんはどうしたの?」
「幸村くんに猿飛先輩を休ませてくれないかって頼まれました」
「まったく旦那も大袈裟だねぇ…アキちゃんがきてくれるのは嬉しいけど」
こちらに向いた顔はよくよくみるとほんのりと赤い。いつもより視線もぼんやりとしている気がする。
「熱あるんですか?」
「ちょっとだよ、こんなの全然平気」
へらっと誤魔化すような笑みを浮かべる猿飛先輩はやっぱり少し元気がない気がする。そもそもちょっとの熱なら幸村くんがこんなに心配するはずがない。
「測ってくださいいますぐ」
「アキ殿、そのまま佐助を部屋で休ませてくだされ。某は道場の掃除をしてくるゆえ」
「わかりました、猿飛先輩行きますよ」
「ちょっと旦那、俺様とアキちゃん二人きりにしたら俺様何するかわかんないよ」
「アキ殿に無理強いしたら親方様の制裁が待っていると思え」
「怖っ!」
のらりくらりと振る舞う猿飛先輩に業を煮やして部屋どこですか、と詰め寄った。観念したように案内された部屋は6畳ほどの小綺麗な和室だった。
片付いている、というより散らかる程のものがない。低い机に、座布団、タンスが一つ。隅には畳まれた布団。猿飛先輩はミニマリストなのか?
とりあえず布団を敷くかと動いたら慌てて取り上げられてしまった。
机の上にはお盆に体温計と水の入ったペットボトルと処方箋の薬がおいてあった。どうやら病院にはかかったらしい。体温計を手に取って猿飛先輩に突きつける。
「はい、測ってください」
「もうないと思うんだけどな」
文句を言いつつ素直にしたがう。しばらくして音が鳴った体温計には39.2度の表示。信じられない。
「は!?39度?よくそれで動き回ってましたね、今すぐ寝てください」
「だから大袈裟なんだって」
「薬は飲んだんですか?食欲は?」
「飲んでるよ、ご飯も食べたし」
「じゃああとは寝るだけじゃないですか」
「うーん、そうなんだけどさ…動いてる方が楽っていうか。あ、でもアキちゃんと一緒なら寝られるかも」
いつもならまたセクハラ発言かと相手にしないのだけど、普段の猿飛先輩とは状況が違うし。なんとなく本当に寝るのがしんどいのだろうと思った。
「それで猿飛先輩が寝られるなら。その代わり変なことしないでくださいね」
真顔でそう返してみたら、猿飛先輩がびっくりしたようにこっちを見る。
「え、いいの?、あ、いやでも俺様の理性が…」
葛藤している猿飛先輩をよそに、添い寝のように布団の横に転がった。あくまで畳の上だ。
「え、そっち?畳の上しんどくない?布団の上おいでよ、なんなら俺様が畳でいいから」
「病人が何言ってるんですか、私は大丈夫なので大人しく布団におさまってください」
いやでも、と何やら文句を言う猿飛先輩の上から布団をかけてしまう。勢いでやってみたがこの状況はなかなか恥ずかしい。頼むから早く寝てくれ。
おもむろに猿飛先輩のおでこに手を伸ばす、触れた額は驚くほど熱い。猿飛先輩は急に触られたことにびっくりしたのか体を硬くした。
「熱いですね、冷えピタとかいります?」
「…ううん、いらない。アキちゃんの手が冷たくて気持ちいい」
「そうですか」
「……毎回そうなんだけど体調が悪くなると、夢見が悪くなってさ。寝るほうがしんどいくらいなんだよね」
寝れない理由があるのかもとは思っていたが、打ち明けられた事情に納得した。切実な声色からして本当に嫌な夢なんだろう。
「…悪夢は人に話すといいって言いますし、どんな夢か聞いてもいいですか?」
「そうだなぁ、…大事な人が目の前からいなくなる夢かな」
言葉を選ぶように告げられた内容は、具体性に欠ける。以前にかすがが猿飛先輩も施設で育ったと言っていたし、家族のトラウマでもあるんだろうか。安易に聞いてしまったことを少し後悔した。
「…すみません」
「何でアキちゃんが謝るの」
「いや、私が軽率だったなって」
「はは、アキちゃんが考えてそうなこと分かるかも。気にしなくていいよ」
申し訳なさと気まずさを払拭するように、額に乗せていた手を胸の上に移動して、子供にするようにとんとんと叩いてみる。
「なにしてるの」
「こうしたら寝られるかと思って」
「子供にするやつじゃないの」
「別にいいじゃないですか、安心しません?」
「…、抱きしめていい?」
「だめです」
「じゃあせめて手を繋ぎたい」
「……仕方ないですね」
相手は病人、相手は病人。そう言い聞かせて猿飛先輩のわがままを受け入れる。普通に繋ごうとした手は先輩の指が絡んでしっかりと恋人繋ぎをされた。私の手に頬を擦り寄せて猿飛先輩は目を瞑る。手の甲にあたる頬が熱くて、手を引っ張られているから必然的に距離が縮まる。目を閉じると睫毛の長さが際立つなぁなんて、関係ないことを思った。
平気な風を装っていても、やはりそれなりにしんどかったのか、猿飛先輩はそれから5分もしないうちに寝息を立てはじめた。そうっと手を抜こうにも、思った以上にしっかり握られていて無理に動かすとせっかく寝たのに起こしてしまいそうだ。
かと言って布団の横に添い寝したまま他にできることもない。途方に暮れながらぼーっとしているうちにうとうとと私まで寝てしまった。