迷い戸惑い
「アキ、もうすぐ家だぞ、どうする?」
助手席から政宗先輩の声がして、ぼうっとしていた意識がハッとする。家の目の前にこの車で乗り付けたら、お母さんがびっくりしてしまう。
「あ、えっと、その辺の停まれそうな所までで大丈夫です。あとは歩いて帰ります」
全く喋らないどころか極力存在感を消しているであろう運転手さんにペコリと頭を下げると、繋がれたままの手に力が入る。
「竜の旦那。俺様も同じ所で降りるよ、ありがとう」
反対側の窓の外を眺めていた猿飛先輩も間をおかずにそう言った。
「猿、」
「わかってる、俺様は冷静だよ」
それだけの会話で何かが通じ合ったのか、政宗先輩はそれ以外何も言わずにため息をついた。車は滑るように家の近くの公園に停車した。車を降りるタイミングで繋がれた手が離れる。政宗先輩と運転手さんに改めてお礼を言うと、今度は俺ともデートしようぜ、と余計な一言を置いて政宗先輩は帰って行った。
残った猿飛先輩の様子を伺う。
私はここから目と鼻の先が家だけど、猿飛先輩はまたもや遠回りで帰ることになるんじゃないか。
「アキちゃん、家の前まで送るから、少し話さない?」
「はい」
妙に落ち着いたトーンに断れない雰囲気を感じて、了承した。すでにだいぶ日が落ちてきて公園には子供達の姿もない。遠目に犬の散歩をする人を眺めながら、空いているベンチに腰掛けた。話そうと言ったのは猿飛先輩なのに、いざ座っても黙ったまま。私は沈黙に耐えかねて口を開いた。
「あの、ご心配をおかけしたようで…すみませんでした」
思い返してみれば、スマホに来ていた着信とメッセージの量は猿飛先輩の焦りと不安を表していたのかもしれない。政宗先輩の言うように"お友達"として心配をかけたならそれは申し訳ない。
「…長曾我部との時間は楽しかった?」
私の謝罪は受け取られたのかわからないまま、質問が返ってくる。
「バイクは、怖くて正直二度と乗りたくないですけど。海は気持ちよかったです」
「そっか。俺様が、アキちゃんに言ってることは全部本気なんだけど。アキちゃんには迷惑?」
そんな聞き方ずるくないか。正直いうと迷惑だけど、そんな思い詰めた雰囲気で聞かれたら、はっきり拒絶もできない。質問に答えない代わりに、昼間に元親先輩と話したことを持ち出すことにした。
「私、いくら記憶を辿っても、猿飛先輩と関わった覚えがないんです。猿飛先輩だけじゃなくて、元親先輩や政宗先輩、幸村くんも。だから元親先輩に聞いてみたんです。人違いじゃないかって」
「長曾我部はなんて?」
「それはないって言われました。あと、無理に思い出さなくていい事もあるって」
猿飛先輩の顔が困ったような、悲しそうな顔になる。けれど、先輩もやっぱり絶対に思い出してほしいとは思っていないようだ。猿飛先輩も元親先輩も私が記憶について話すと同じような複雑な表情になる。
「猿飛先輩も、私との間に何があったか教えてくれないんですね」
「…ごめんね」
その謝罪は、話す気はないという何よりの意思表示だった。
「なんでそんなに私に構うんですか」
出会った当初から何回も聞いた質問だ。
「ずっと前から、アキちゃんが好きだから」
返事も毎回同じ。いつになく真剣な声音も表情も、猿飛先輩の言動が本気かどうかなんて、わざわざ言われなくてもわかってる。いい加減そのくらい伝わっている。だからこそ。
「...私は...わからないです」
想いを伝えられるたびに胸の奥をざらっとしたものが撫でていく。それを受け止めるのが私でいいのかと。
すぐそばまで迫る夕闇のせいで、先輩の表情はよく見えなかった。