思い出せないこと





流れていく風景、体に直接当たる風、曲がるたびに左右に振れる重心。車の横をすり抜けるたびヒィッと声が漏れて怖くて腕に力が入る。バイクめちゃくちゃ怖い。


「どうだ、風が気持ちいいだろ?」


「そ、んな余裕ないです…!」


風でスカートがバサバサいってて今にもめくり上がりそう。足で布地を踏んでなんとか耐える。なんでこんなことになってるんだとか、授業サボっちゃったとか、スマホと財布以外全部学校に置いてきたこととか、色々思い出しては鬱々としてくる。バイクは市街地を抜けて広い道路を進んでいく。どのくらい走ったのか、ふと風に潮の香りが混じっているのに気づいた。流石に少し慣れてきて先輩の背中にくっつけていた頭をゆっくり上げて顔を横に向けた。


「うわ、海…?」


いつのまにかバイクは海岸線を走っていた。
初夏の霞んだ青空と、深い青と穏やかな水平線。まだ海開きは先なので、浜辺には人もまばらだ。

迷いなく海岸の近くの駐車場に入って行った元親先輩は、適当な場所にバイクを停めると、ひょいと抱えてやっと私をバイクから降ろしてくれた。固い地面の感触に安心してへたり込む。
まじで、地に足がつく幸せやばい。


「わりぃ、腰抜けたか?また担ぐか?」


「いや、大丈夫です」


海でまで担がれるのは勘弁してくれと、虚勢を張って、なんとか立とうとする。が、初バイクで思った以上に身体に力が入っていたらしい。見事に膝が笑っている。
じゃあ背負うか?と元親先輩がおんぶの姿勢をとってくれた。遠慮したかったが、いつまでも駐車場でへたり込んでるわけにもいかない。それに肩に担がれるよりマシか?と恐る恐る肩に手を添えた。
私の体重などまるで感じさせないように立ち上がった元親先輩は、そのまますたすたと隅の自販で飲み物を買うと砂浜へ続く階段を降りていく。
元親先輩の真っ白い髪が、潮風に吹き上げられる。おんぶされているから、先輩の頭を見下ろすかたちになって、こんなにマジマジと髪を見るのは初めてだ。ブリーチ何回したらこんな綺麗に色が抜けるんだろう。でも元親先輩の髪は柔らかくて綺麗だ。根本も黒くないし、毛先は傷んでないし。もしかして地毛なんだろうか?
猫っ毛のような癖毛につい手が伸びる。


「うわ、くすぐってぇな」


「あ、すみません、綺麗な髪だったのでつい。失礼しました」


「いや、びっくりしただけだ、気にすんな」


「地毛なんですね」


「ああ。…気味悪いか?」


「綺麗だって言ってるじゃないですか」


「はは、そうか。そうだよな…お前はそういうやつだ」


懐かしむような声と共に、砂浜に降ろされた。波打ち際は少し遠く、ここまでは水はこない。
思い切って制服のまま砂浜に体育座りすると、その横に元親先輩がどかりと腰を下ろした。並んで海を眺める。波の音と、柔らかな日差し。ぼーっと眺めるだけで波と一緒にここ最近の目まぐるしさが流されていくようだ。
お互い何も喋らないが、その無言の時間は決して気まずさはなく、なんだか心地良さまであった。元親先輩が慕われるのはこの雰囲気もあるのかもしれない。
…今なら聞けるだろうか。


「あの、先輩。一個ずっと腑に落ちないことがあって」


「なんだ?」


「猿飛先輩が、なんであんなに構ってくるのか分からなくて。なんか、私と先輩達との記憶っていつのこと言ってるんだろうって。どう考えても思い出せなくて、多分ほんとに会ったことないと思うんですよね…。誰かと勘違いしてる可能性って本当にないんですか?」


「…それはねぇな」


「そう、ですか」


何か確信のあるような言い方が引っかかる。思えば、最初に私に助けられたと言ったのは元親先輩だった。政宗先輩も、猿飛先輩も、幸村くんも、私に関わる記憶を共有しているけれど、誰一人としてそれを私に教えてはくれない。それは私が思い出すのを待っているのかと思っていたけど。


「じゃあ、せめていつ頃のこととかって教えてもらえないんですかね?なんか一方的に忘れてるのも失礼ですし、申し訳なくていたたまれないというか…」


海を見ていた元親先輩が、不意にこちらを向く。片眼しか見えないけれど、その目は凪いでいるようで感情が読み取れない。じっと無言で顔を見つめられて、聞いちゃいけないことだったのかと、落ち着かなくなってくる。


「無理に思い出す必要はないだろ、…アキにとっていい思い出とは限らねぇしな」


「元親先輩…?」


沈黙を破ってポツリと返された言葉。元親先輩の口ぶりではまるで、私が思い出したくないから記憶を無くしたと言っているように感じる。でも私の過去を辿っても、記憶がポッカリ抜けている部分なんてないのだ。


「いや、なんでもねぇ。あんまり気にすんな。アキは自分の思う通り生きていい。俺たちはお前に一方的に恩はあるが、忘れてくれてていい。猿飛に関しては…まあ、そうだな、俺に言えるのはあいつの言動は全部本気だってことくらいだな」

そう言って元親先輩は強引に話を切り上げてしまった。

「ますますわけがわからないです」


思い出せない記憶と、それに関わる猿飛先輩たち。頑なに教えてくれないその過去。

「俺から直接話すことはねぇけどよ、アキが戸惑うのも、混乱するのも無理もねぇ話だと思ってる。俺にできるのは、お前が疲れてる時に外に連れ出して気晴らしさせることくらいだ」


そういう元親先輩の顔は何かを我慢するような、切ない笑顔だった。確かに無理矢理とはいえ、海に連れてきてもらったし、打ち寄せる波を見る時間は最近では類を見ない落ち着いた時間だ。それに元親先輩と海というシチュエーションがとても似合っているように感じる。いつぞや鶴姫が海賊さんと呼んでいたからそれもあるのかも。


「元親先輩って海似合いますね、なんかとてもしっくりきます」


空気を変えようと、自分でもしょーもないことを言った自覚はある。が、元親先輩は一瞬びっくりしたような顔をした。何か失言だったか?


「…そうか、それは何よりの褒め言葉だ」


噛み締めるようにそう言って、嬉しそうに笑う先輩。その顔が妙に大人びて見えた。
ふいに元親先輩の手が伸びてきて、私の髪を掬う。強めの潮風にとっ散らかった私の髪を丁寧に直してくれた。その手つきが壊れものを扱うかのように優しくて、元親先輩はやっぱり紳士的だなぁと思った。


「色々、悩ませて悪いな、少なくとも俺はお前が元気に過ごしてくれるだけで嬉しいぜ」


いつもの豪快な笑顔とは別の、優しい笑顔に、胸がギュッとなった。これが…トキメキ…?
いや、確かに元親先輩は強引だけど、先輩達の中では比較的まともだし、話通じるし、優しいと思う。客観的に見て付き合うなら元親先輩じゃないかな、とか告白されてもいないのに馬鹿なことを考えた。





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