夜と月と星
「ほぅ、立派なladyになったじゃねぇか」
満足げな政宗先輩の感想が右から左へ流れていく。私が着ているのは、深いネイビーの膝丈のワンピースだ。肩はワンショルダーで、リボンのように結ばれており、反対の肩はがっつり露出している。胸元は下品にならない程度に開いていて、上半身は身体の線に沿って、腰の高い位置からふわりとスカートが広がる。生地は程よく張りと光沢があって、光の加減で繊細なレースの柄が浮き上がる。恐ろしいほど着心地が良く、体にピッタリくるのに動きは全く邪魔しない。シルエットのせいか、着ただけで足が長くみえる。値段は終始聞けなかったがおそらく普段私が着ている服とは0が2つ3つくらい違ってもおかしくない。
さらに、耳には月と星をモチーフにしたアシンメトリーなイヤリング。首元には同じシリーズのネックレス。どちらも繊細で凝った作りで、所々に螺鈿が組み込まれており、光の当たり方でキラキラと複雑な色彩を放つ。
足元はドレスにあわせて控えめなリボンのついたヒールなのだが、普段からヒールは履かない上に、華奢なピンヒールで転ばないように必死だ。
髪は巻いたあと緩くアップにまとめられて、耳の横でふわりと後毛が揺れる。化粧はドレスに負けない程度に濃く、けれどケバくはない絶妙な塩梅で、地味な顔の私もそれなりに見える。さすがプロ。
とはいえ、これらのフル装備にメンタルが全くついて行かず。こんな格好で行く場所が普通の場所なわけがなくて震える。どう考えても敷居の高いパーティか食事会だろう。
「似合ってるぞアキ、顔あげてもっと堂々と立て」
そういう政宗先輩も着替えが済んでいて、いつもの着崩した学生服から、仕立てのいいスーツに変わっていた。普段通学路でみるスーツの人とは明らかに生地が違う。黒に近いネイビーの濡れているような艶と銀色の光沢がとても綺麗だ。ネクタイは同系色の明るいものに、袖に私のアクセサリー同様、品のいい螺鈿のカフスが光っている。私にこんな服を着せる政宗先輩のことだ、このスーツも、オーダメイドに違いない。無駄なシワの一切ない着こなしに、普段からこういう格好をし慣れていることがわかる。立ち姿も洗練されていて、政宗先輩が美形だということを今更ながらに突きつけられた気がした。
お礼を言ってお店を出て、また車に乗り込む。
「あの、この服とか、アクセサリーとかお金…」
「あ?必要経費だ、気にするな」
こんな贅沢な経費の使い方があるんだろうか。会社のことはよく分からないけど、絶対落ちない気がするし、仮に政宗先輩のポケットマネーだとしてもああそうですか、とは流せない額だろう、絶対。
「私はどこのパーティ会場に連れて行かれるんですかね」
「察しがいいな」
「こんな格好で普通の店に入るとは思えませんよ」
「そんなに緊張するな身内のパーティだ。気楽にしていろ」
政宗先輩の言う身内のパーティと、私の思う身内のパーティが決定的に違うものだと言うことだけ理解できた。
車内でようやく教えてくれた話によると、元々一緒に出るはずだった従姉妹が急用で来れなくなったらしい。1人で出ると、女性陣にひっきりなしに絡まれるので、急遽私を抜擢したという経緯だ。要は政宗先輩の女避けのために連れてこられたというわけだ。迷惑この上ない。
「アキが受けてくれて助かったぜ」
「1人で出るとそんなに大変なんですか」
「学校の奴らより、自分に自信のある奴が多いからな」
プライドと美貌を持った女性達はさぞかし押しも強いだろう。そんなところに私を盾にしようとするなんて、政宗先輩は相当酷いと思う。
「というか、さっき身内のパーティって言ってましたよね?ご親戚同士じゃないんですか?」
「あー、身内っつーのは、うちのグループ会社って意味だ」
規 模 感 !!
どこが身内なんだ、絶対にやばいところじゃん。
「最悪だ…帰りたくなってきました」
「まだ着いてもねぇよ、ここまで来たんだ、腹くくれ」
どこか楽しげな政宗先輩に、文句を言う代わりに脇腹をこづいておいた。