天上の遊び
政宗先輩曰く、身内の気楽なパーティは、想像のはるか上をいくものだった。ついた会場は私でも聞いたことのある高級ホテル。ロビーを抜けた先の広間に一歩入ると、周囲の視線が一斉にこちらに向いたのがわかった。
「政宗先輩、やっぱり無理です、帰りたい…」
「大丈夫だから、落ち着け」
緊張のあまり震えながら小声で政宗先輩に囁くと、宥めるようにそう返ってきた。エスコートされて広間の中央へ進む。足を止めると待ちかねたように近くにいた男性が話しかけてきた。
「おお、政宗くん、相変わらずお父様に似て麗しいね」
「ご無沙汰しております」
恰幅のいい男性だ。年齢は50代くらいだろうか。政宗先輩は丁寧に応じた。
「今日は可愛らしいお嬢さんを連れているんだね」
「彼女は高校の後輩なんです。個人的に親しくしております。今日はいつものパートナーが急遽来れなくなってしまったので、代わりに彼女に頼んで来てもらいました」
「は、初めまして」
普段の政宗先輩とは別人級に猫を被り、爽やかな好青年を演じながら、政宗先輩は私を紹介した。緊張に引き攣った笑顔でなんとか挨拶する。個人的に親しくしているというのは間違ってないんだけど、なんか含んで聞こえるのは気のせいだろうか。周囲で聞き耳を立てているであろう女性陣から、値踏みのような視線を感じる。目の前の男性はそうかそうか、と何やら嬉しそうに政宗先輩の肩を叩いた。
その人をきっかけに、入れ替わり立ち代わり、いろんな人に声をかけられた。途中、ホールスタッフから飲み物を受け取る。話しかけに来た人の中には奥様を連れた壮年の男性から、いかにも仕事ができそうな若い男性、女社長までいた。皆一様に、政宗先輩に対して丁寧で、まるで仕事相手にするように接する。
政宗先輩はちょくちょく家の都合と言って学校を休むし、もしかしたら会社で仕事しているのかもしれない。私からすると気後れするような大人達相手に、一切の気負いなく堂々と話をしているのを横目にしながら、ちびちびと飲み物に口をつけ、時折そうですね、と同調の相槌を打った。
挨拶の波が切れて、何か食べるか?と政宗先輩が適当に取ってくれたお皿を受け取る。壁際に並べられた一番端の椅子に座り、ホッと息をついた。ビュッフェ形式で並ぶ色とりどりの軽食は確かに美味しいのかもしれないけど、緊張でいまいち味がしない。天井の高い煌びやかな会場では、見るからに高そうなスーツやドレスを着た人たちが思い思いに談笑している。
明らかに場違いなところに来てしまった。なし崩しで連れてこられてしまったけど、絶対に来るべきじゃなかった。その原因を作った張本人は、私のそばに立ったまま、空いたグラスを別のドリンクに変えていた。
「どうした、これが飲みたいのか?」
なんとなくその姿を目で追っていると、こちらを向いた政宗先輩が、目の前に自分のグラスをちらつかせ、そう聞いてきた。
「…違います」
「なんで拗ねてんだ」
拗ねてない、疲れているんだ。頓珍漢なことばかり言う政宗先輩に思わずため息が漏れた。これでも気を遣ってくれてるのだということはわかる。料理とってくれるし、座らせてくれるし、政宗先輩なりに気を遣ってくれている。
まぁ、一番はこんな場にわざわざ誘わないで欲しかったんだけど。
「政宗先輩はすごいですね、こんな場所でも堂々としていて。私は緊張で胃がひっくり返りそうです」
「悪かったな、無理矢理連れてきて。俺は助かるし、大抵の女はこういうイベントが好きだろうと思ったんだ」
決まりが悪そうに謝られて、面食らう。政宗先輩は、私が喜ぶと思っていたらしい。いや、まぁ、キラキラしたパーティに憧れがないとは言わないけど。今の自分とこの場では場違い感と、何か粗相をしないかの緊張の方が優ってしまう。
「憧れはもちろんありますけど。こういう場のマナーを知らないので、政宗先輩に迷惑がかかりそうで…」
「アキが何かやらかしたところで、別にどこにも迷惑かからねぇから、あんまり気負うな。むしろこの状況を楽しんでくれると助かる」
ポンと、ヘアセットを崩さない程度に頭に手がのる。そりゃあ私よりずっとこういう場の経験値はあるんだろうけど、それにしたってなんでそんなに余裕があるんだろう。政宗先輩には以前から高校生とは思えない達観を感じる時がある。かと思えば幸村くんとしょうもないことで喧嘩してる時もあって、掴みどころのない人だ。
にしても、状況を楽しめ、か。確かにこんな機会はこの先そうそうない。正直可愛い服やメイクにもそれなりに憧れはあったし、今のドレスアップにテンションが上がっている自分もいる。せっかくの機会なら堪能しなきゃ損かもしれない。気を取り直して、フォークを口に運ぶと、今度はちゃんと美味しく感じた。
「政宗来てたのね、なんで声かけてくれないの?」
不意に若い女性の声がして、顔を上げると派手な美人が立っていた。大学生くらいだろうか、もしくは化粧が濃いだけで同じくらいかもしれない。挨拶しないといけない?と咄嗟に立ち上がる。じろりとこちらに視線が向いて、頭のてっぺんから足先までじっと観察されたあと、勝ち誇ったように微笑まれた。…すっごい喧嘩売られた気がする。目線でお前はお呼びじゃねぇと言われた気がしてそばを離れようとすると、すかさず腰に政宗先輩の腕が回って静止される。
「どうも。いらっしゃってるとは知らなかったもので」
あくまでもにこやかに返す政宗先輩だが、きっとこれが事前に話していた面倒な女性陣の1人だろうと思った。
「そちらは?」
「パートナーです」
「いつもの親戚の方じゃないのね」
「あいにく都合がつかなくて」
「言ってくれたら私がパートナーとして出たのに」
先ほどの男性達と違って政宗先輩は私を高校の後輩とは紹介しなかった。パートナーと言った瞬間、敵意の視線がブッ刺さる。確かに立っているだけ。立っているだけだが神経がすり減っていく。
「最近お父様が新しく湘南に別荘を買ったの。海が近くて景色がいいのよ」
「そうですか」
「ねえ、政宗も夏休みは暇でしょ?遊びに来ない?」
「遠慮しておきます。時間が作れそうにないので」
表面上にこやかではあるものの、政宗先輩的には彼女の相手は面倒なのだろう。最低限の会話で済ませたがってるのがわかるうえに、腰を抱く手にだんだん力が入ってる。ぐぐっと引き寄せられて、政宗先輩と密着する。私は手に持ったままのお皿を咄嗟に近くのスタッフに手渡した。
「すみませんが、他の方にご挨拶がまだなので、失礼します」
「失礼、します…」
腰を抱かれたまま、ぺこりと会釈して立ち去る。残された彼女がどんな顔をしているのか、怖くて振り返れない。頭の上で小さく舌打ちが聞こえた。どうどう。落ち着かせようと咄嗟に私も政宗先輩の背中に手を回してポンポンと叩いた。