一進一退







才蔵に送ってもらった日から土日を挟んで月曜日。先週は疲れたなぁ、と眠い目をこすりながら登校したら猿飛先輩が待ち構えていた。


「アキちゃん!俺様以外に彼氏できたって本当!?」


「は!?」


朝から突拍子もないことを言われて眠気が吹っ飛ぶ。両肩を掴んで問いただしてくる猿飛先輩の圧が怖い。ていうかそれ以前に。


「そもそも猿飛先輩も彼氏じゃないです」


「そんなことよりどこの誰?金曜日仲良く一緒に帰ってたって聞いた」


どっからその情報を得たのか。噂にしても回るのが早すぎるし怖い。わざわざこんな人目のあるところで問いただして来るなと思いながら、どっから説明しようかと視線を彷徨わせると、該当の人物がちょうど登校して来るのが見えた。


「才蔵!」


私が呼び止めると、声に気づいてこちらを向いた才蔵が、私の横の猿飛先輩をみて顔を引き攣らせた。


「彼です、先週ちょっと色々あって送ってもらいました」


「は?なんで才蔵と?ていうか俺様まだ下の名前で呼ばれてないのに」


「あれ。知り合いなんですか?」


「…おはよう、ございます」


どうやら猿飛先輩と才蔵は顔見知りらしい。と言っても幸村くんとの関係性より、なんかこうより後輩感が強いが。しっかり上下関係がありそうな才蔵の態度はまるで体育会系の部活の後輩みたいだ。


「才蔵も武田道場に通ってるんだよ」


「え」


そんなことはこの前1ミリも話題にならなかった。本当かと才蔵の顔を見ると、肯定するように頷いた。


「それで?なんで急に下の名前で呼ぶほど仲良くなったわけ?」


「それは…」


「それは俺から話します。というかなんなら今日話すつもりでした。ですがここではちょっと」


私が話すのを遮って、才蔵が私を庇うように前に出た。猿飛先輩と才蔵がなにやら目で会話したように見えた。周りで誰かが修羅場だ…と言ったのが聞こえる。あらぬ誤解だ、勘弁してほしい。


「わかった。話は才蔵から聞くよ」


「そうしてください、私は教室に行きます」


才蔵を生贄に捧げたようなもんだけど、それで回避できるなら無慈悲でもそうする。才蔵をその場に残しとっとと立ち去ろうとすると、


「アキちゃん、今日バイトないから一緒に帰ろう?帰り教室まで迎えにいくね」


猿飛先輩はそう言ってにっこり笑った。誘っている風で、その実、断る余地の無い言い方だった。たった一日才蔵と帰っただけで、猿飛先輩に誤解を与えるような噂を撒かれるのだ。今日猿飛先輩と帰ったら明日はどんな噂をされるのやら。二股疑惑でも持ち上がるのだろうか、教室に向かう足取りが一気に重くなった。


▼▼▼



「アキちゃん、帰ろう?」


当たり前のように教室に迎えにきた猿飛先輩にげんなりとする。三年生である猿飛先輩が一年の教室の階に来るたびにちょっとした騒ぎになる。それは政宗先輩や元親先輩も同じだ。そうやって有る事無い事噂が広がるのだ、勘弁してほしい。
かと言ってここでやっぱり嫌だとか、一人で帰ると伝えたところで猿飛先輩は引いてくれないし、そのやりとりを周囲は痴話喧嘩だと受け取ってまた面倒なことになる。
どっちに転んでも私にメリットがないのなら、少しでも早くここから立ち去りたい。さっと身支度を整えて鞄を担ぐ。


「そういえば、才蔵から倒れたって聞いたけど大丈夫?」


「はい、もう全然平気です」


「本当?無理してない?」


「大丈夫ですって、心配しすぎです」


「そう?じゃあさ、帰りちょっと駅前に寄らない?」


妙に私の体調を気にするなと思ったら、猿飛先輩がそう切り出した。私も先輩も普段学校までは徒歩だけど、電車通学組が使う学校の最寄駅は商業施設が充実している。


「どこに行きたいんですか?」


「本屋とドラスト」


「いいですよ」


「やりー、アキちゃんと放課後デートだ」


「デートじゃないです」


ぴしゃりと訂正するも、意に介した様子もなく、猿飛先輩は嬉しそうだ。調子に乗って手を繋ごうとするのをかわして足を早めるも、コンパスの違いで先輩は軽々とついてくる。校門を出たところで諦めて歩調を緩めた。



▼▼▼


本屋とドラッグストアを巡って目的のものを買った猿飛先輩はその後付き合ってくれたお礼にとカフェでフラペチーノを奢ってくれた。私は私で本屋もドラッグストアも見るものがあったし、退屈しなかったのにお礼だなんて申し訳ない。
カフェのテーブルに座ってフラペチーノを飲みながら目の前でアイスコーヒーを飲む先輩を見る。
買い物している間も会話を振ってくれるし、立ち振る舞いはスマートだし、見た目は言わずもがな。行く先々で視線を集めていた。今だって隣の席に座っている女子の4人組がチラチラと先輩をみてはヒソヒソきゃーきゃーしている。他校の制服だし、知り合いでもなさそうだ。入学初日のあの奇行がなければ、その後の関わりもなければ、私も遠目で友達ときゃーきゃー言うくらいはしたのかもしれない。


「アキちゃん、どうしたの?疲れた?」


「いいえ、ちょっと考え方を」


「どんな?」


「あ、いや大したことじゃ…」


「教えて?」


笑顔に圧を感じて、屈した。


「先輩モテますよね?…わざわざ私に構わなくても、猿飛先輩とデートしたいって人、他にいくらでもいるだろうなって」


私の言葉を聞いた猿飛先輩はきょとんとした顔をした。その顔は少し幼くてかわいいと一瞬思った。うーんとなにやら唸って今度は先輩が考え込む。これはどう捉えるべきか…と小さく呟いた声が聞こえたが猿飛先輩の思考は全くわからない。


「モテるかどうかは知らないけど、俺様がデートしたいのはアキちゃんだから」


「そ、うですか」


ひとしきり考えたと思ったらあっけらかんとそう言われて、言葉に詰まってしまった。我ながら変な返事だ、なんだそうですかって。なに考えてるのかよくわからないし、行動も強引だし、戸惑うこともあるけど猿飛先輩のこのスタンスは一貫している。逆にここまで直球だと、告白を断っておきながら一緒に帰ってる私の方がひどい人間な気がしてくる。


「…私の態度って思わせぶりですか?」


「え?どうしたの急に」


「理由はともかく、猿飛先輩はあの、その…私にこ、好意を持ってくれているわけで…。でも私は今のところ付き合うとかもよく分かんなくて。それなのに一緒に帰ったり、期待を持たせるようなことするのはよくないんじゃないかと…」


「ええ、なんでそういう考えになるの。ほんと真面目だなぁ」


「真面目ですか?」


「うん、真面目で一生懸命。そういうところ変わってなくて好きだよ」


「ッ、すぐそういうこと言う…!」


不意打ちに言われた言葉に、カッと顔が熱くなった。そう言うことをさらっと言うからなんか軟派に思えるのだ。でも猿飛先輩の表情は妙に優しくて、言葉のテンションとは裏腹に重みがある。

そこで気づいた、"変わってなくて"ってどう言う意味?また私の知らない私の話だ。

すん、と頭が冷える。真顔になった私になにを思ったのか、先輩は私の顔に手を伸ばした。頬にそっと指が触れる。


「俺様はアキちゃんが俺様を意識してくれるならなんでもいいんだ。思わせぶりとか考えなくていい、これまで通り話してくれたら嬉しいし、気が向いたら一緒にいて。…それに、アキちゃんをその気にさせるのは俺様の仕事ってね」


「……」


ずるい。この場合ずるいのは私なのに、そんな言い回しをされるとなにも言えない。毎回私はこうして言いくるめられている気がする。


「え、引いてる?」


「引いてないです」


そうやって茶化してうやむやにして、私の思考も絡め取られいくんだ。晴れないもやを纏ったまま、猿飛先輩と関係は少しずつ進んでいく。そろそろ行く?と促す先輩に僅かに残っていたフラペチーノを飲んだ。時間が経って溶けたそれは舌に残る甘さだった。

- 12 -


prev | next