爆発する
政宗先輩のパーティに付き合わされた一件から数日が経った。あの日の険悪さなどなかったかのように、相変わらず猿飛先輩も政宗先輩も仲がいいんだか悪いんだか分からない雰囲気でつるんでいる。あの二人は間に幸村くんがいないと平和にやれないのかもしれない。
今日は珍しくいつもの先輩達の誰からも絡まれることなく平和が続いている。昼休みが半分過ぎたころ、さっきまで一緒にいたかすがは新体操部の顧問に呼び出されて、薔薇を散らしながらすっ飛んでいった。
かすがは顧問の上杉先生をとてつもなく敬愛している。とても物腰の柔らかい先生で私も好きなのだが、実のところ性別がどっちなのかいまだに分からないでいる。
購買にお菓子でも買いに行こうかな。でもちょっと時間が微妙だなぁ。意外と遠いんだよね、行って帰ってきたらギリギリかもしれない。でもコンビニより安いしなぁ、と悩んでいると。
「神代さん、呼ばれてるよ」
「え、私?」
不意に声をかけてきたクラスメイトに、教室のドアへと顔を向ける。入り口に立っていたのは見覚えのない女の子達だった。いやな予感がしつつも、呼び出しに応える。さりげなくネクタイピンを確認すると青と緑、案の定上級生だ。
うわ、最悪。
いつかこうなるんじゃないかと思っていたけど。
ちょっときて、と内容を告げぬまま連れて行かれた先は校舎の端のゴミ捨て場だった。いく途中にチャイムが鳴ったから、今は授業中。私は強制的に授業をサボらされたことになる。教室に呼びにきたのは二人だったが、ここにはさらに四人揃っていた。
「政宗くん達に関わらないで」
開口一番、どんな暴言がくるのかと、身構えたけれど相手の主張は簡潔だった。この学校の一番人気は政宗先輩なのかな、と余計な感想を抱く。前から危惧していた通りだ。あの政宗先輩の悪ノリが、最悪の結果をもたらしている。
「いやあの政宗先輩とはなにも…」
「白々しいこと言わないで」
ぴしゃりと言い訳を跳ね除けられ、内心ため息をついた。
「だいたい何のつながりか知らないけど、馴れ馴れしいと思わない?」
「元親くんには元就くんがいるの。あんたがいると邪魔」
「佐助くんだってあんたが来るまではもっと優しかったのに」
何のつながりかなんてこっちも探っているところだ。馴れ馴れしいのはむしろ向こうの方。元親先輩に関しては勝手な妄想じゃないのか?あの人の口からは毛利先輩への愚痴しか聞いたことないけど。あと猿飛先輩って元々女子に優しかったのね、それっていろんな女子に?へぇ、それはそれは…。いちいち訂正したいが言っても火に油なのはわかっているので気まずい顔のまま黙って聞く側に回る。それにしても言いたい放題だな。
「あんたがそもそも媚び売らなければいい話でしょ、距離置くとかさぁ」
「媚び、ですか」
聞き捨てならなくてつい反応してしまった。いやでも媚びって、ひどくない?私がいつ?誰に?媚び売ったって?不愉快なのが顔に出たのか、私が反応したからか、彼女達の文句はヒートアップしていく。
「本当に嫌なら逃げるとか無視するとかあるでしょ、なんだかんだ構われたいのが見え見えなんだよ。ほんっとムカつく」
「釣り合ってないし、弁えろよ」
「調子乗んな、ビッ◯」
いや待って、流石にここまで言われる筋合いはない。何で私がこんなに一方的に責められなきゃいけないわけ?
「…逃げたって無視したって、効果なかったんですよ。こっちだってあんた等みたいな面倒な人たちに絡まれるのが嫌だから再三言ってるんですけどね!無理なんですよ!あの人達信じられないくらい自分勝手なんで!」
「はぁ!そんだけ好かれてるって言いたいわけ?」
売り言葉に買い言葉。頭に血が上ったまま言う気もなかった言葉が口から溢れる。相手の一人が逆上して胸ぐらを掴んできたけど、もう引っ込みがつかない。
「なんであの人等に執着されてるのかこっちが聞きたいですよ!でも誰もなにも教えてくれない!根拠のない好意向けられて私だって戸惑ってんのに、あんた等の文句まで聞く余裕ないんですけど!文句があんならあの人らに直接言ったらどうですか!?」
「ふざけんな!」
次の瞬間目の前に星が散った。顔に平手をくらったのだ。ふらついたところを突き飛ばされて、勢いよく地面に転がる。咄嗟に手をついたけれど確実に両手を擦りむいた感覚がした。頬がジンジンと熱くて、口の中に鉄の味が広がる。めちゃくちゃ痛い。もう最悪。
あまりの痛みに、怒りよりも恐怖が上回って一気に冷静になる。さすがに6対1は勝てる気がしないし、そもそも私取っ組み合いの喧嘩なんかしたことないんだった。
やばいと思っているうちに髪を掴まれて引きずられそうになる。テンパる私に今度は頭上から大量の水が降ってきた。は?水??キャアと相手の悲鳴が聞こえて、相手の女子たちも同様にびしょ濡れなことに気づいた。
「頭は冷えたか?」
冷水よりも冷たい声がして、顔を上げるとホースを片手に毛利先輩が立っているのが見えた。
「騒がしいと来てみれば…、喧嘩は他所でやれ。校内で揉め事を起こすな」
なんでここに毛利先輩が?なにこれ止めてくれたの?止め方酷すぎない…?いろんな疑問が湧いたけど相手も漏れなくずぶ濡れで、こっちを攻撃するどころではなくなったらしい。というか毛利先輩に見られたことに危機感を感じたのか蜘蛛の子を散らすように逃げてしまった。
これは、助かったけど…被害が甚大。下着までびしょ濡れなんですけどどうしてくれる?残された私を一瞥して、毛利先輩はホースを投げ捨てる。水浸しの地面に座り込んだまま呆然とした私に口を開きかけて、
「アキちゃん!!」
血相抱えた猿飛先輩が、乱入した。
「……毛利、これどういう状況?あんたがアキちゃんになんかしたの?」
「…校内の揉め事に対処したまでだ。そもそもお前達の行動が招いたことぞ」
「どういう…」
「おい神代アキ。相手に処分を望むか?」
剣呑な雰囲気の猿飛先輩をものともせず、毛利先輩は私に相手の処遇を委ねてきた。律儀にフルネームで名前を呼ばれる。この人生徒の名前全員覚えているのかな?生徒会長だから?色々ありすぎて、考える余裕がなかった。なにもかもどうでもいい。
「…いえ、大丈夫です、助けてくれてありがとうございました」
「そうか、賢明な判断だ」
私が投げやり気味にそういうと、毛利先輩はあっさりとそう言い去って行った。本当にただただ校内の治安維持に務めただけらしい。止め方が最悪だったけど。なんで水ぶっかけるかな、まじでこの学校まともな奴いないじゃん。はは、と渇いた笑いがこぼれて、力無く俯いた。色々と限界で情緒が保てない。猿飛先輩が肩にシャツを羽織らせてくれた。シャツからふわりと猿飛先輩の香りがする。多分キャミが透けてるだろうしありがたいのだけど、元はと言えば原因の一端は猿飛先輩達だ。そう思ったら沸々と言い表せない感情が膨らんでくる。
「アキちゃん遅くなってごめん、傷みせて…」
伸ばされた手を反射的にを払い除けた。ポタポタと、髪から滴る水がスカートに落ちる。俯いたまま、顔があげられない。さっきまで笑えてたのに。怒りなのか安心なのか、辛いのか惨めなのか。多分全部。じわじわと目尻に溜まった涙が一緒になって水溜りに消えていく。
「なんで…」
「アキちゃん?」
「なんで私がこんな目に遭わなきゃいけないんですか!迷惑だって言ってるのに、猿飛先輩が構うから!なんで、ッ、私ばっかり…」
堰を切ったように涙が溢れて、気付けば猿飛先輩を責め立てていた。こんなの八つ当たりだと頭では分かっていながら止められない。悪いのはあの女の先輩達であって、猿飛先輩じゃない。そんなことは分かってるけど、この理不尽はそんな理屈で収まるものでもない。だから嫌だったのだ。こんな想いはもうたくさんだ。今までの全部が積み重なって、なにかの糸が切れた気がした。猿飛先輩が座り込んだままの私を抱きしめる。
「守ってあげられなくて、ごめん」
「離して!」
「いやだ」
宥められることすら我慢ならない。抱きしめる腕を振り解こうとめちゃくちゃにもがくけれど、驚くほど力が強くて、全然離れてくれない。
「離してってばッ」
「離さない。たとえ嫌われたとしても、もう二度とアキちゃんと離れるのは嫌だ」
「ほらまたそうやって、私の知らない話する。もう二度とってなんなの。一度は離れたの?
そんなに言うなら教えてくださいよ!
思い出せない私が悪いの?どうして、そんなに悲しそうな顔をするの。
その顔を見るたび、まるで思い出せないことを責められてるみたいに感じるんです。そんなつもりがなくたって、私は勝手にそう思うの……先輩に私の気持ちがわかりますか?」
猿飛先輩を詰るように、言葉が止まらない。私の言葉を受け止める先輩は、複雑に眉根を寄せた。ああ、今私はこの人を言葉で傷つけてる。それが分かって余計に涙が溢れた。
「アキちゃん…、ごめん。俺様のわがままで、アキちゃんには辛い思いさせてる。でも、…それでもアキちゃんのそばにいたい。ごめんね」
真っ直ぐに見つめられると何も言えなくなる。
どうしてそんなに、頑ななの…。
それだけ強く思ってくれる理由が、私には分からないのに。こんなに悪態をついても、猿飛先輩に動じた様子もないなんて。抵抗していたのもバカらしくなって、手から力が抜ける。猿飛先輩の手が落ち着かせるように私の背を撫でた。
先輩は私を通して私じゃない別の誰かを探してる。先輩の記憶の中の私が本当の私なのだとしたら。じゃあ、この私はなんなの。偽物ってことにでもなるのか。今ここにいる私を見てほしいと思っているこの気持ちは何?
思い至った瞬間に、過去の自分が嫉妬の対象だなんて、始末におえない。
「……もういいです、着替えに行きます。先輩も濡れちゃってるじゃないですか」
「アキちゃん…」
「何してるんですか、先輩も行きますよ」
「っ、うん、」
初めて好意を寄せてくれた人を好きになるなんて、まるで生まれたばかりのヒナが最初に見たものを親と慕うような。そんな自分がひどく単純な人間のようで、ずっとこの感情を見ないふりしてきた。好きだと刷り込まれ続けて、絆されてるだけなんだって自分に言い聞かせていたけれど。
もう無理だ、この切なさは本物なんだから。
──私はこの人に恋をしている。
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「さっき…八つ当たりしてごめんなさい…来てくれてありがとうございます」
「うん」
「先輩方のファンにやられました。なんとかしてください」
「うん、学校来られないようにする?」
「そこまでしなくていいです!もうしないと言質取ってください。あくまで穏便に」
「穏便にねぇ…」