風邪
「ねぇ黒尾、大丈夫…?」
きっかけは朝のHR前だった。朝練を終えて教室に入って来た黒尾は、クラスメイトの挨拶にいつものように気怠げに答えたと思ったら直後に机に突っ伏して寝てしまった。
そのまま1時間目がはじまり、先生に小突かれてやっと起きてからも、ノートをとるでもなくぼんやりと黒板を眺めていた。そして1時間目が終わったいま、また机に突っ伏してしまう。見兼ねて近寄った結果、冒頭の質問に戻る訳である。
「あぁ?」
話し掛けた私に、顔を上げた黒尾は少し不機嫌そうだ。眉間にシワが寄ってる。やっぱり様子がおかしい。
「なんかいつもと違う…もしかして具合悪い?」
「気のせいだよ」
そういうわりに、バツが悪そうな顔で目をそらす。
「嘘だ」
「黙ってろ」
いつもなら向こうから暑苦しいほど絡んでくるのに。あっちいけと追い払う仕草にムッとして、無理やりおでこに手を当てた。あっつ。これは結構高いよ?こんな状態で朝練したのか。
反射的に身を引いた黒尾は、そのまま何も言わない。
「ほら嘘じゃん、熱あるもん」
「……、お前…なんで気づくんだよ…」
「文句は後で聞くから。行くよ、保健室」
「保健室なんて行ったら襲っちまうぞ」
「はいはい、そんな余裕ないくせに。歩ける?」
「……、…」
いつもの軽口にも元気がない。相当辛いんじゃん。引っ張って立たせると、そのまま保健室に向かった。道すがら研磨にラインを送る。
[黒尾、風邪引いてるから今日部活休んだ方がいいと思うよ]
[やっぱり? 朝練やってたから大丈夫だと思ったけど]
[たぶん熱ある、けどまぁ大丈夫でしょ]
[わかった 夜久さんには俺から連絡しておくよ]
[ありがと]
[クロのことよろしく]
朝練普通にしたって、無理したんでしょうが。全く。男の子ってこういうとこ一生懸命だなと思うけど、同時に危なっかしいとも思う。研磨も意外と大雑把というか、なんというか。様子がおかしいことに気付いてたならもう少し行動に起こしても良かったのでは。
あいにく保健室の先生は不在で、仕方ないから黒尾を待たせて走って職員室に鍵を取りに行った。日頃の行いの賜物か、先生の信頼は厚い。事情を話すとあっさり鍵を貸してくれた。保健室の先生は今日に限って少し遅れて出勤してくるらしい。
授業のチャイムが鳴り、人気のなくなった廊下を走って戻ると黒尾が保健室前で座り込んでいた。えええ、結構重症じゃん。これ早退した方がいいんじゃないの。
急いで鍵を開けてベッドに黒尾を寝かせる。渡した体温計は38.5度を叩き出した。そりゃ授業もきついはずだわ。近くの自販でスポドリを買って戻り、氷枕を準備する。
「つらいでしょ、無理しちゃって」
「うるせー」
仰向けに寝っ転がり腕を目の上に乗っけて悪態つく黒尾は、小声でかっこわりぃと呟いた。もうすぐ試合があるらしい。時期が時期だけに焦りもあるんだろう。こんな時に風邪引いてらんないってのもわかるけどね。
「練習したいなら、ちゃんと寝て治して」
「…んとに、なんでお前マネージャーやんねーの?」
「体力ないから」
ははは、と力無く笑う黒尾にスポドリを手渡して、ふと首元のネクタイに目がいった。寝づらいでしょ、ネクタイ外せば、と首元に手を伸ばすとガシッと掴まれて阻止される。
「もう教室戻んの?」
熱のせいかぎゅうと掴まれた手が熱い。ぼうっとした視線がこちらをむいていて、その目にはいつもみたいなからかいの色はなかった。どことなく寂しそう…これが噂のギャップ萌えってやつ?可愛いかよ、不意打ちは卑怯だ。
「もうちょっと居てあげるから、安心して寝なよ」
緩んでしまう顔もそのままに、反対の手で黒尾の頭を撫でる。自分のと違う硬い髪質に、男の子だなぁと今更ながら思った。撫でているうちに寝落ちたらしく寝息が聞こえてきたので、そっとネクタイを外して枕元に置いた。あ、早退するか聞くの忘れた。