文化祭





輝かしい汗と涙の夏が過ぎた。私に取ってはあまりの暑さにバテ気味だった夏休み。大会には応援に行ったけど、本人に声をかけることもなく隅で観てそして帰った。学生の夏にやれるなかで最高の人生の選び方だなぁ。羨ましくて、すこし切ない。黒尾達は無事に代替わりを終えて季節は流れた。


秋とは名ばかりの九月。
文化祭準備の初回のHRで私は慌てていた。


「え、ちょっと待ってよ!」


文化祭の実行委員?やるの?私が?なんで?黒板に書かれた他薦で上がった私の名前の下にはいくつかの正の字。真っ当に多数決だから仕方ないとはいえ、本人の意思は反映されないのか。
文化祭はなるべく端で目立たず雰囲気を味わえればと思っていただけに、実行委員に引っ張り出されるのは予想外だ。


「芳乃こういうの得意そう」


「三池さん帰宅部だし」


「大丈夫だよ芳乃、みんな協力するから」


クラスメイトに口々に言われ辟易する。端で成り行きを見ていた先生までもが、三池なら安心だな!とかいいだす始末だ。
もう一人の実行委員はクラス委員も兼任している男子で、去年もやったらしい。
非常に不本意極まりないがこの雰囲気で再投票にもってくのは不可能だし、ゴネる方が悪手だ。何より慌てる私を先程からにやにやした顔で見てくる黒尾にムカついた。
くそ、こうなったら元営業企画部の手腕みせてやる。委員が決まったからにはここからのHRの進行はバトンタッチせざるを得ない。一つため息をついて気持ちを切り替える。このクラスの子たちは好きだし、私にできることならできる限り協力しよう。



「…とりあえず、何やるかは決まったので次回のHRまでに予算をざっと組んで来ます。明日中に役割と必要人数割り振って後ろの黒板に書いとくんで自薦他薦問はず来週までには全員どれかしらに名前書いといてください。質問ありますか?……ん、じゃ後からでも疑問意見でてきたら随時私までお願いしますね、はい解散」


私の言葉でHRは終わりを告げ、クラスメイトは各々席をたつ。決まった内容はもう一人の実行委員がレポート用紙に纏めてくれた。それを見ながら段取りを組む。当日から逆算して…どうせ予定通りにいかないのだからなるべく早め早めに動かないと。これと並行して実行委員は実行委員の集まりや当日の動きがあるらしい。リアルな自分の時の文化祭はどうだったっけ?クラスの出し物に参加しただけだったけどそれでも結構忙しかった気がする。
忙しいのには慣れているけど、仕事と学校行事ではまた別だろうなぁ。そんな予想は当たりまくることになるのだが、この時の私は知る由もなかった。

 

##



「なぁ、芳乃。最近ちゃんと寝てる?」


「まぁまぁ」


「嘘だろ、顔色悪いぞ」


「大丈夫大丈夫」


文化祭まで残り1週間となったこの頃、似たようなやりとりが続いている。毎回声をかけるのは黒尾で、私はそれを流す役割だ。どんなに仕事を細かく割り振ったとしても、相手は学生なのだ。報連相が大事だとか、任された仕事への責任とか。そういうものへの意識が低くても仕方がない。彼らがそれを学ぶのはこれからなのだから。
そうなるとあちこちへのフォローが必須になるのは当然で、ぶっちゃけ全部私がやるだけなら大した手間ではないのだけど。ワンマンでやったところでクラスのモチベーションが下がるだけだし、何より参加している感というのが文化祭の醍醐味だ。そこを奪うような真似はしたくなかった。
徹底的にフォローに回ると決めたからには、遅れている作業班の仕事を片っ端から手伝う他ない。
日中はもちろん学業、放課後は実行委員の仕事、帰ってからの仕事としてクラスの装飾や衣装のパーツを持ち帰りちまちま進める。この時期は寝るまも惜しんでやることがある。

クラスTの発注後の進捗とか、当日借りる暗幕や調理道具の許可とか、それから商品を実際に作ってみて、値段を決めて、あとは…。

帰りのHRを終えて、席を立った瞬間、ふいにぐらりと床が揺れたような感覚がした。視野がきゅううと狭まって、視界がぼやける。あ、これやばい、咄嗟に手をつこうするが、手が出ないどころか膝から力が抜けた。


「芳乃!」


覚悟していた衝撃は思ったよりもずっと少なかった。隣にいた黒尾に抱きとめられたのだと認識するのにも、時間がかかった。


「大丈夫か」


「あ、うん。ごめん。ついぼーっとして…」


「嘘つけ。お前もう今日は帰れよ、そして寝ろ」


「何いってんの、大丈夫だって」


「駄目だ、家まで送ってく。家近いんだろ」


「でも黒尾…っ」


今抜けるわけにはいかない。そう思って反論しようと口を開いたが、思っていた以上に真剣な目をした黒尾に言葉が続かなかった。


「今まで芳乃がちゃんと引っ張ってきたおかげで、他のクラスよりよっぽどうちは進んでるんだよ何もかも」


だから大丈夫だ。と説得され、周りのクラスメイトからもちゃんとやるからと念を押されてしまい、やむなく甘えさせてもらうことにした。自分の体調管理もできないとは不覚…。一人で帰れると言ったのに黒尾は断固として折れてくれなかった。すぐ近くだし10分だしと食い下がってみたものの、家まで10分ならなおさら送って戻ってもたいした時間のロスにはならねーよ、と発言を逆手に取られ、私はしぶしぶ送ってもらうことになった。




「え、お前一人暮らしなわけ?」


「そうだよ」


家について鍵を開ける時になって、黒尾は私が一人暮らしであることにびっくりしていた。言ってなかったけ。ちゃんと布団に入るところまで見届けないと帰らないとか言い出すもんだから、仕方なく部屋に上げた。部屋干ししていた洗濯物を見えないところに持ってって、リビングのラグに黒尾を座らせお茶を出して、自分は着替えに寝室へ行く。


「なんか、小慣れてんな」


「まぁね、一人暮らしも長いし」


「ふーん、そっか」


あ、やばい、高校生で一人暮らし長いってのはダメか。なんかまるで凄い複雑な家庭環境ですって言ってるみたいな感じじゃん。いやでも、変に誤魔化して色々聞かれてボロが出るくらいなら、この設定もありなのかな。部屋着に着替えた私をみて黒尾はさっさとベッドに入れと私を促す。
まだ夕方だし、夕飯の支度くらいさせてほしかったがどうせやり出したら結局休まないだろうと許してもらえなかった。まぁ、図星なんですけど。にしても自分の部屋に黒尾がいるのめちゃくちゃ違和感だなぁ。


大人しくベッドに入った私に、黒尾が徐に手を伸ばす。手のひらが目隠しする様に顔を覆った。


「なに」


「そのまま目閉じて、ゆっくり10回深呼吸しろ」


どうやら黒尾はこのまま寝かせにかかるらしい。鍵かけてそのままドアポストに入れておいてと言付けて、言われるままゆっくりと息を吸う。深く吸って、吐いて。1回ごとに身体の力が抜けていく。どうやら思っていた以上に体は疲れていたらしい。うとうとと眠気が襲ってくる。そのまま誘われるように微睡んで、気付けば眠ってしまっていた。


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