面倒ごと






ノートの隙間に挟まっていた封筒に気がついたのは午後の授業中だった。朝カバンに入れたまま存在を忘れていた。昼休み後の日本史であることも相まって、クラスメイトはほぼほぼ沈没している。
内容に検討はつかないが、もし昼休みの呼び出しとかだったら悪いことしたなぁ。気は乗らないが見ておこうと思い、先生の意識がこちらを向いていないのを確認して机の影で宛名のない封筒を開けた。
瞬間、指に痛みが走った。


「っ痛、」


思わず小さく声が出たが先生には聞こえなかったようだ。何が起こったのかとよくよく見てみると人差し指が縦に切れ、血が溢れている。紙で切ったなんてレベルじゃないことは一目でわかる。恐る恐る封筒の蓋を見てみると、カッターの刃がテープで止めてあった。流石にぞわっと鳥肌が立つ。中に便箋が入っているのは見えているが、それよりもここまで直接的な攻撃をされたことへのショックが大きかった。
呆然とする私に、隣の黒尾が気づいた。


「芳乃その手…ッ」


慌てたような黒尾の声で、流石に先生は気付いたようだ、同時にクラスメイトの視線が集まる。ダラダラと指から流血する私を見て、担当教師はびっくりして授業を止めた。はやく、保健室!と誰かが声を上げる。
とりあえず止血して!と友達が差し出したハンカチを受け取ろうとすると、黒尾がそれを奪い取って私の指を覆った。圧迫止血よろしく強めに握って、そのまま肩を抱かれて保健室に連行される。されるがままに連れ出され、咄嗟に封筒は手に持ったまま来てしまったが中を読む気にはなれない。ハンカチも血で汚してしまったから、新しいものを買って返さなくちゃ。床に血が落ちたかも。ていうか黒尾は保健委員でもなんでもないのに一緒に授業抜けてきて大丈夫なの?
動揺のあまりいろんなことが頭に浮かんで消える。
保健の先生には手紙の事は伏せてカッターで指を切ってしまったとだけ伝えた。
ずいぶん思い切り良くやったわねとは言われたけど、幸い普通に動くし傷自体は縫うほどでもないらしい。ただ指なので、引き連れて動かしにくくなる可能性も加味して縫ってもらった方がいいとのことで、結局早退して病院に行くとになった。一旦消毒してガーゼを当て、そっからさらにキツめにテープを巻かれた。先生は連絡してくるとだけ言って保健室を出て行く。

じくじくと痛みを発する傷口に気を取られて、封筒がいつのまにか黒尾の手に渡っているのに気付くのが遅れた。


「これの差出人に心当たりあるのか?」


黒尾は明らかに怒気を含む声でそういうと、ひらひらと手紙の中身であろう紙を私の前に置いた。中の紙に工作の跡はない。内容は支離滅裂で攻撃的な言葉の羅列だが、要するに言いたいことは黒尾と別れろ、色目を使うな、消えろというところだろうか。先に読まれた以上黒尾も自分のファンだと察しただろう。


「あいにくわからないんだよね、黒尾の方には心当たりない?」


もともと黒尾を頼る気はなかったが、手紙を読まれた以上、黒尾に心当たりを教えてもらった方が早い気もする。


「その前に他にもこんなことされてんのかよ、全部言え。話はそれからだ」


…その声のトーン文化祭の時にも聞いたよ…めちゃくちゃ怒ってるやつじゃん。私は度々黒尾の地雷を踏み抜くらしい。よくわかんないけど謝るから許してー!


洗いざらい吐いた私は諦めて黒尾に怒られている。いわく、なんで早く言わなかったとのこと。いや別に地味な嫌がらせ程度ならべつにいちいち言うほどのことかと。大体私だってまさかこんな危ないことしてくると思わなかったし。相談した挙句黒尾が下手なアクションを起こしたらそれこそ火に油を注ぐだけだ。


「なぁ、おい。ちゃんと聞いてる?」


「聞いてます本当にごめんなさい」


項垂れた私が納得していないのが顔に出ているのだろう。何度謝っても黒尾の機嫌が治らない。わかってる、黒尾が心配してくれていることは。わかってるから黒尾に心当たり聞いたんじゃん…!あまりの剣幕にひぃと情けない声が出た。自分に対しての敵意じゃないし冷静に怒ってるのがその辺の輩と違って対応に困る。


「流石に私もやばいなって思ってるから、今後はもっと警戒するし、ちゃんと犯人探しするし、こういうのは女子のネットワーク使った方が早いからさ。
黒尾は普段通りにしててよ、ね?」


なんとか落ち着いて貰おうと、目線を合わせる。今の今までめちゃくちゃ怒ってたはずなのに、黒尾の表情は今にも泣きそうだった。


「…っ…俺のせいで怪我させてごめん」


ぼそっとつぶやいた言葉に、一瞬なんで謝られたのか分からなかった。いや…まぁ、正直黒尾が噂を否定してくれていたらと思わないでもなかったけど。それとこれとは別というか、少なくとも。


「私は黒尾に怪我させられたわけじゃないよ」


「俺が関係してる」


「関係はしてるかもしれないけど、責任はないし、悪いのはこの手紙を送った誰かであって、黒尾じゃない」


「でも」


「それ以上言ったら今度は私が怒るよ。そんなに気持ちが収まらないなら協力して」


「……、わかった」


暴論に近い説き伏せ方だったのは自覚している。でもこうでも言わないと延々この言い争いが続くような気がしたんだ。

話の区切りがついたところで先生が戻ってきた。面倒なことに親に連絡が行ったらしい。後で大したことないって連絡しなくちゃ。たまにメッセージで連絡を取りあってるものの、こっちは面識も記憶もないものだから、気まずくて仕方ないのだ。ちょうど担任が空きコマだったらしく、近くの病院に車で連れてってくれることになって、ありがたくお世話になった。


保健室での別れ際、黒尾には絶対に勝手に動かないでほしいと釘を刺しておく。私も腹が立ってるから私が直々に動くのだと言えば、険しい顔をしていたが黒尾はしぶしぶ頷いてくれた。



##



「…怪我の原因はなんだ?」


担任の通勤用の車に乗せてもらって病院へ向かう。助手席に乗って窓の外を見ていると徐に担任に聞かれた。


「私の不注意で。カッターで切っちゃいました」


「今の時間日本史だったろ。なんでカッターなんか出てくるんだ」


いつも穏やかで優しそうな担任だがこの時ばかりは流されてくれなかった。口調は優しいが言葉は硬い。横目にみれば運転で前を見ているものの表情は険しい。多分ある程度の予測を立てた上で聞いてきてるんだろう。これは…なんと説明すべきか。下手な誤魔化しは逆効果かな…。


「ちょっと学生同士の面倒ごとに巻き込まれてまして…」



「そうか。大人の助けはいるか?」



「いや、今のところは」



「今のところはって…怪我してる時点で十分介入の余地はあるが…三池はなんでも器用にこなせる分、自分で抱え込みがちだからなぁ。先生は割とそこが心配だ」


びっくりした。初対面で若い先生だと思ったし、あまり積極的にクラスに関わってる印象もなかったから教師としての能力云々でこの人を見たことがなかったけど。
信号待ちでこちらをみた先生は怪我した私の手を見て、また視線を前に向けた。


「大人がでしゃばると余計に拗れるってお前たちは思うんだろうけど。権力がある分、物理的な距離とかルールとか、目を配ったりが必要な時もあるからな」


これ以上危ないことになる前に、先生のことも上手く使えよ?と言われ、私はなんとかありがとうございますとだけ返した。この一瞬で担任の印象がだいぶ変わった気がする。

教師が割に合わない仕事だってことは社会に出るとよく言われる。いわゆるブラック企業なんて目じゃないくらい、時間と仕事に追われているからだ。教員免許があってもそれを生業にしない人はとても多い。それでも教師をやっている人はどんなモチベーションなんだろうと思ったことはあったけど。

私が二度目の高校生をやる上でこの担任に当たったことは、かなりの幸運だったのかもしれない。

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