直接対決
「はじめまして、先輩。二年の三池 芳乃です。今日は貴重なお時間ありがとうございます」
「っ、桐海大の推薦の話って聞いてるけど…」
「ええ、もちろん受験の話も伺いたいんですけど。それ以外にも先輩には聞きたいことがあって…
まずはこれ、見覚えあります?」
徐に机の上に出したのはあの封筒。目の前で中身を開いて見せる。指を切った時に付いた血の跡もそのままだ。ひっ、と喉を詰めた先輩の目は明らかに泳いでいる。初めて見る人の反応じゃない。疑惑が確信に変わっていく。
「っ、見たことないけど、これがなに?」
うわずる声で必死にシラを切る先輩をみて、にっこりと笑って見せる。見たことが無い人はそんな反応はしないと思うが。先輩といったってまだ17歳。ちょっと悪質な悪戯をするくらいでまだまだ子供だ。
「ああ、別に認めないなら認めなくても結構です。最近は私みたいな女子高生でも、お金さえ払えばいくらでも指紋や筆跡鑑定をしてくれる企業があるんですよ。事情を話せばあなたのクラスの先生だって提出物を貸してくれると思いますし」
「な、…」
私の言葉に先輩は明らかに顔色が悪くなった。手紙ひとつでそこまで事が飛躍すると思ってなかったのだろう。夜久くんが一度も話したことがないと言っていたことと、廊下ですれ違ったときに悪口のひとつも言われなかったところからして、積極性は無いに等しい。多分度胸も。ほぼほぼ確定だし。この状況でさらに追い討ちをかけることに少し気が引けたが、認めた上でもうしないと言質を取らないことには収まりがつかない。
「私、これ以外にも下駄箱荒らされたり、ジャージが無くなったり…色々迷惑してるんです。私この一連の騒動に先輩が関わってるんじゃないかって疑っています。
ねぇ、先輩。これが公になったらどうなると思います?想像してみてください。勿論親御さんに連絡は行きますよね。それだけで済んだらいいですけど…私怪我もしてますし。せっかく決まった推薦、取り消されちゃうかもしれないですね?結構努力したんじゃないんですか?」
本気で筆跡鑑定にかける気なんてない。進学のための努力なんて多かれ少なかれみんなしている。必要なのは全部知られていると思わせる事だ。追求と脅しに隙を見せてはいけない。通話を通してどこかで聞いている黒尾には大層そこ意地の悪い女に思われていることだろう。さてこの人は自分の片想いと、努力して勝ち取った将来を天秤にかけて、どっちを取るのだろうか。
「ーーやめて!…みとめる…ぜんぶ…全部謝るから、もうしないから…それだけはっ、やめて」
もともと根は素直な子なんだろう。目に涙を溜めた彼女は予想よりあっさりと自分のした事を認めた。それどころか堰を切ったように泣き出した彼女は、私に追い詰められて精神的にかなり参っているようだ。はぁ、とため息をついてその辺にあった箱ティッシュを先輩の方に差し出す。
「公にするつもりがあったらわざわざ先輩と二人で話したりしないですよ…」
過呼吸でも起こされたらたまらないと、少し落ち着かせるつもりでそう言ったが、先輩の涙は止まらない。ついでと言ってはなんだがもうひとつ確認しないといけないことがあるしなぁ。ポケットの中で繋いでいたスマホの電源を落とす。
「…理由は、黒尾ですか…?」
私の問いに、泣きながらもコクンと頷く。
息を整えるように何度も深呼吸して、先輩は口を開いた。
「…彼が一年生の頃から片想いしてたの…黒尾くんのことが好きで…ずっと見てた。…、あなたがっ、転校してきてから、校内で見かける黒尾くんの側には大抵あなたがいて…黒尾くんも…あなたには特別優しい気がして…私の方がずっと前から好きだったから…っ悔しかったの…」
約2年の片思い。先輩が黒尾を好きになったきっかけとかにはたいして興味もなかったが、好きという言葉を盾のように使う彼女に、無性に腹が立った。
“好きだから”
その言葉がなんの免罪符になるというのか。その言い訳のせいで黒尾が自分を責めるということにどうして気づかないの。自分の恋にいっぱいいっぱいなら、何をしても許されるの?自分が彼女たちと同じ目線じゃないから、こんなに腹が立つのだろうか。
「…っ、…私と黒尾が付き合ってるってのは、先輩の誤解です。そんな事実はありませんよ」
言いたいことはもっと色々あったが、どれもこれも攻撃にしかならなそうで、奥歯を噛んで堪える。絞り出すようにそれだけ言うと、先輩は嘘…とまた涙を流した。
##
先輩には、先生たちは先輩がしたことは何も知らないし、ただ進路についてのやりとりがしたかったという話しか通ってないと伝えておいた。私も先輩がこのまま何もしなければ、これ以上動く気もないことを言い含めて先に帰す。帰り際になって怪我は大丈夫なの?と聞かれたので、まぁ、問題ないですと返した。そう、と呟いた先輩は去り際、最後の最後に一言、本当にごめんなさいと消えいりそうな声で言った。
先輩を見送って部屋に戻り、一応仕込んでいたボイスレコーダーを止めた。まぁ使うこともないだろうけど。資料室の鍵を閉めて振り返ると、いつの間にか黒尾が壁に背を預けて立っていて、びっくりしてちょっと飛んだ。
先輩を見送った時はいなかったけど、瞬間移動でもしたのか。部活はいいの?と言ってはみたが、返事は帰ってこない。
職員室に鍵を返しがてら、担任に色々あったけどたぶん解決したとだけ報告した。私の後を無言でついてきて、明らかに意気消沈して立っている黒尾と私とを見比べて、先生は何か言いたげだったけど、結局そうか、おつかれとだけ返事をくれた。
教室に戻る途中も黒尾はずっと物憂げだ。
「いやー、モテるね。黒尾クン」
「嫌味ですかね芳乃サン」
努めて明るく茶化してみるものの、返ってきた言葉には覇気がない。そんな申し訳ない顔しないでほしい。黒尾はべつに悪くないのに。
「黒尾のせいじゃないでしょ。先輩も受験とか諸々で不安定だったんじゃん?それか思春期こじらせ?今回は私も黒尾も巻き込まれてとばっちりだっただけ。もう解決したし気にしないの」
「なんでそんなに達観できてるのか不思議だわ。俺達だってその思春期真っ只中だろ」
「あはは、そうだね。でも少なくとも今回は黒尾が悩む必要はないよ。ジュース奢ってあげるから元気出して」
「奢るのはむしろ俺の方だろ」
「じゃあ、お互いに奢るってことでこの件はこれで終わり。いつまでも引きずったり負い目に思って態度が変わるようなら私黒尾のこと嫌いになるから」
終わり終わり!と切り上げて、自販機を見つけて駆け寄る。
「…ほんっと、惚れるしかないだろ」
後ろをついてくる黒尾が何かを言った気がしたけど、ちょうどけたたましくジュースの落ちる音で掻き消されてよく聞こえなかった。