合宿初日
バスから降りて肩に担いだ荷物背負い直し、建物を見上げる。黒尾との約束通り、夏休み入ってすぐのバレー部合同合宿に来ていた。
他校もいるとか、なんなら合宿地も他校とか、後出し情報が多過ぎて勘弁してほしい。奢ってもらうスイーツの権利を七回に増やした。そもそもマネージャー初心者の私に役立てることなどあるのだろうか。せいぜい足を引っ張らないようにしなければ、と決意を新たにする。
二年生以下の部員に対して、私の合宿同行はサプライズだったらしい。報連相はどこへ行ったんだ。集合のときから誰この人?という視線を浴びて、朝から帰りたくなったのは言うまでもない。特に噂のマネージャーである一年生・橋田 絵梨花からの反発は凄まじく、現在進行形で敵意満々の態度を取られていた。まぁ、自分というマネージャーが居ながらド素人がいきなり合宿に来るとなればお怒りもごもっともだ。
だがこちらもマネージャーのお株を奪う気は毛頭ない。隅でなるべく存在感を消して、できる仕事を細々やれればいいかと思っていたのだ。最初のうちは。
「あー猛虎先輩っ、自分の荷物くらい自分で持ちますよぉ」
「絵梨花ちゃんに重いものは持たせられねェよ!」
「猛虎さんここぞとばかりに格好つけちゃって。俺が持つよ」
「リエーフもありがとぉ」
あとから降りてきた部員のやりとりに、じっとりとした視線を向けた。鼻にかかった高い声が耳に残る。噂のマネージャーと山本に、長身な一年生…リエーフとの会話である。バスの車内でも似たようなやりとりを目の当たりにして、黒尾が私を呼んだ原因に早々に予想がついた。なんて言うんだっけ?これ、なんか、うーん…オタサーの姫?違うか。
以前屋上であった時はあまり会話することもなかった山本だが、確か研磨が山本は女子と話すのが苦手とかなんとか言ってなかっけ?まぁ、マネージャーに対してまでそれを発揮されても困るが。
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傍目に見れば部員とマネージャーの仲良しな光景にみえなくもないのだが、問題は練習がはじまってもこのテンションのままだったことだ。先程から練習試合を行なっているのだが、山本もリエーフも目の前の相手チームより何かにつけて自陣の橋田を気にする。やる気あるの?相手チームに失礼だ。
しかし、初日から外部の私がそこに言及するのはいかがなものかとか、その辺の注意を黒尾や夜久がしていないはずがないとか考えたりもして、ひとまずは自分の作業に没頭した。一応事前に夜久から合宿中のマネージャーの仕事について少しレクチャーを受けていたので、指示をされればどうにか動ける。スコア管理などの慣れが必要なものは正規マネージャーにまかせて、私は備品の準備やら片付けに追われていた。
「芳乃!」
「黒尾」
スポドリのジャグを洗いにいって新しく準備をしていると、黒尾に声を掛けられた。見れば他校の人と一緒にいる。休憩かな?合流して最初の各学校紹介で挨拶をしていた部長たちだ。確か梟谷と、烏野だったかな。
「おつかれさまです」
ペコリと頭を下げると、梟谷の部長に同い年なんだろ、硬いぞ!と肩をバシバシ叩かれた。距離の詰め方エグいなぁ、そして眼光が鋭い。太陽のような陽キャ具合に若干の気後れを感じた。それをみて苦笑いを浮かべる烏野の部長さんは、多分私と似たような事を考えているんだと思う。
「臨時で来てくれてるんだろ?マネの仕事順調?」
「なんとか。あ、烏野と梟谷のマネさんたちがめっちゃ優しくてすごい教えてくれる。助かりますありがとうございます」
「うちのマネは有能だからな!たまに辛辣だけど!」
「うちは清水は長いけど、谷地さんはまだマネになりたてなんだ。仲良くしてくれると助かるよ」
絶大な信頼を寄せられる梟谷のマネも、仲間として気遣われる烏野のマネも、とてもいい関係に見える。実際彼女たちの仕事ぶりは丁寧かつ効率的で速い。谷地さんも、一生懸命なのが伝わる。それに比べてうちの正規マネージャーは入ったばかりとは言え、気もそぞろな行動が目立つなぁなんて。たった半日見ていただけでそんな感想だ。黒尾はきっと梟谷や烏野の関係性を目の当たりにして、マネージャーを探していたのかもしれない。ちら、と黒尾の顔を伺うとなんとも言えない顔で話を聞いていた。
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初日の練習が終わり、割り当てられた部屋へと戻る。女マネは学校の垣根を超えて部屋割りされており、橋田のほかに烏野の清水さんと谷地さんが同室だった。
谷地さんは清水さんに今日の練習について質問し、熱心にノートを書いている。私も今日一日である程度仕事の流れや水道の立地を覚えた。明日はもう少しうまく動けるだろう。橋田はやたらと多い荷物の整理に手間取っているようだ。他校もいるのだからあまり散らかさないでほしい。
コンコンとノックの音がして、でると雀田さんがいた。お風呂の順番が回ってきたらしい。清水さんたちにもそれを伝える。
お風呂の後は夕食の配膳準備に向かわなければいけないので、さっさと行ってさっぱりしよう。
「橋田さん、お風呂が空いたみたいだよ」
「私後から行くので、先輩お先にどーぞ」
振り向きもせずにそう言われ、随分分かりやすく態度に出すんだなぁと思う。私と橋田のやりとりを聞いて谷地さんが何か言いかけたが、気にしないでという意味で手をひらひら振った。
結局橋田を置いて烏野の2人と浴場に向かった。
「……橋田、遅すぎ」
「まあまあ、三池ちゃん」
風呂から上がり、食事の準備を手伝いながら呟いた声を白福さんに聞かれてしまい、苦笑いで宥められた。いや、他校のマネージャーみんな来て手伝ってるのに、橋田だけいないとか申し訳なさがやばい。代わりになるべく橋田の分もと動き回る。後から風呂に入ったとしていったいどれだけ掛かっているのか。もう準備ほぼほぼ終わるんだけど。
結局、夕飯開始の時間ギリギリになった頃、風呂上がりというには化粧も髪も気合いが入りまくりの橋田が現れた。
「すみませぇん、髪乾かすのに時間かかっちゃって遅れましたぁ」
その声に、チッと思わず舌打ちが漏れて、横にいた谷地さんがヒェッと声を上げた。おっと怯えさせてごめんね。キャラ強いなぁと雀田さんが呟く。なんの反省の意志も感じないすみませぇんを聞き流し、声を掛ける。
「橋田さん、後でちょっと話があるから時間くれない?」
「ええ、なんですかぁ。絵梨花謝ってるじゃないですかぁ、先輩怖い」
「いいから、後で話そう」
それ以上橋田の返事を待たずに踵を返す。お前もちろん食後の片付けは最後まで残ってやるくらいの気概みせるんだろうな?と思っていたのに、夕食後の片付けも、目を離した隙にいつの間にか居なくなっていた。
「芳乃、俺たちこの後第三体育館行くから来いよ。自主練だからなにも仕事ないし」
食堂に残って片付けを手伝っていると、黒尾が声をかけてきた。一緒にいるのは昼間に会った梟谷の、えっと…そう木兎くんと、あと二人は…
「梟谷二年、赤葦です」
「烏野一年、月島です」
「どうも、音駒の臨時マネ、三池です」
ぺこ、と頭を下げた二人も含めて流石バレー部、背が高い。私も女子の平均身長くらいはあるのだが、この4人が並ぶと威圧感がすごい。圧倒的スタイル。
「で、行く?」
「あー、ちょっと橋田さんと話をしたくて」
「え、橋田がなんかした?」
橋田の名前を出した瞬間、黒尾の眉間に皺が寄った。なんかしたかと言われると、しでかしているが。他校生の前で話をするのもなぁとちょっと思う。黒尾は練習に専念してほしいし、マネージャー同士で話がついてからの事後報告でもいいだろう。
「うーんちょっとね、注意してみるから大丈夫。だから自主練行っておいで?」
「いやでも、」
「大丈夫だから、ね?木兎くん、黒尾のことよろしくね!サーブでもスパイク練にでもたくさん使っていいから」
「まかせろ!行くぞ黒尾!」
何か言いたげな黒尾を遮って、木兎くんに押し付ける。引き摺られていく黒尾を見送って、橋田を探すべく食堂を後にした。