悪意
合宿三日目。目が覚めた瞬間頭痛がして、これはちょっとやばいかな、と思った。連日慣れない仕事をして、いつもよりも動き回って運動量も多い。極め付けに寝所は慣れない場所な上、寝相の悪い橋田の隣で。今日も途中で死守したが毛布を持ってかれかけた。本格的に風邪でもひきかけてるのかも知れない。
朝食の準備に向かう。橋田は相変わらず準備が遅くて、急かしてはみたけど埒があかなかったので置いてきた。
合宿の日程も今日で半分に差し掛かる。黒尾が私を合宿に呼んだ意図は察したけれど、私に改善できる気がしない。だいたい直接言葉にして相談されたわけじゃないのだし、黒尾の理想がどうして欲しいのかわからない以上、私が色々する義理もない。私のすべきことは、橋田のせいで他校のマネージャーの仕事が増えないように細々と立ち回ることと、今の体調をこれ以上悪化させないこと。これに尽きる。
そう結論付けたつもりだったが、事件は起こった。
「財布が無くなった?」
昼ご飯を終えていざ練習を再開しようとした直後。橋田の訴えに夜久が声を上げた。何事かと音駒のバレー部が集まる。これからメンバーをシャッフルして試合するというのにどういうタイミングで切り出してるんだ。
「ごめんなさい…でも、部屋に置いてた筈だから、誰かに盗られたのかも…」
「部屋は全部鍵かけて出てきてる筈だろ」
「も、もしかしたら誰かの荷物に紛れちゃったのかも…確認してきてもいい?」
橋田の言葉の意味を察してまさかと思った。わざわざ貴重品が無くなったと騒ぎ、荷物の点検をさせる。十中八九、私の荷物に橋田が財布を隠しているだろう。昨日転んだ時といい、橋田は絶妙に嘘は言わない。相手が勘違いするように仕向ける。今回もきっと私が間違って入れちゃったのかも、と健気に涙を浮かべるんだろう。言葉のままに受け取られる訳がないと分かったうえでだ。気に入らないからって普通ここまでやる?頭痛が増した気がして思わず頭を抑えた。なんか熱まで出てきたような気がする。
荷物の点検という名の私の吊し上げタイムに、わざわざ同室の烏野のマネージャーまでお借りして、女子部屋に向かう。本当に無駄な時間をごめんなさい。多分最初から私の荷物に入ってるだろうから、二人はパフォーマンス兼オーディエンスの役割なのだろう。こんな馬鹿馬鹿しいことに他校まで巻き込んでいることに申し訳なさしかない。
「あの、私…」
「本当にごめんね、二人とも時間取らせて」
「大丈夫よ」
谷地さんが何かを言い掛けたタイミングと、私の謝罪が被ってしまった。清水さんは優しくそう言ってくれて頭が下がる。ごめんね何か言いかけた?と谷地さんに話を振ろうとしたところで部屋に到着した。
こんなくだらないことさっさと終わらせようと自分のバッグのファスナーを開けると、なんとまぁ分かりやすく趣味の悪い財布が鎮座していた。派手なピンクの生地に紫のストライプ。中央には香水瓶の絵柄とレースがあしらわれている。間違っても自分のとは言いたくないな、これは。待っていたように私の手元を指摘した橋田が、それ、私の!と声を上げて、私のバッグから財布を取り上げた。はいはい、分かったってば。
##
「どういうことか説明してください!」
「リエーフ、私が間違って入れちゃったのかもだし…っ怒らないで…」
ところ変わって体育館に戻ってきた私たちは、シャッフル試合ではなく急遽自主練習に変更したらしい黒尾達の元へ行って財布が見つかったことを告げた。その途端リエーフがキレた。今ここ。
予想通りのセリフを予想通りの表情で曰う橋田は、マネージャーより演劇部のがよっぽど向いてるんじゃないかと思う。
「説明もなにも、橋田さんが言った通りじゃない?間違って入れたんでしょ?」
「そんなわけあるかよ!」
私の呑気な返答が許せなかったのか山本までもが大声を上げた。うるせェ騒ぐな、と黒尾が低く唸る。こんな問答してる時間がもったいないと思いつつも、黒尾に気をつけろって言われてたのに隙だらけだった自分の責任も感じて、本当に頭が痛い。
なによりもこの件が何かのきっかけで大事になったらどうしようかと、そればっかりが頭を支配する。合同合宿中に生徒同士で窃盗騒ぎなんて、当たり前に橋田が悪くたって、周りはなんとでも騒げる。大会常連の強豪校の合宿での醜聞なんて何が悪い方向に飛び火するかわかったもんじゃない。
面倒だからといって、私がやったと言ってしまったら入れ間違いでは済まない。事件になってしまう。
ズキズキと痛む頭で思考が遮られる。いっそほんとに指紋でも取ってもらうか?いつかに使った脅しを思い出したが、今この場で立証できなければ意味がない。なにか打開策は…と考えていたその時。