不吉な足音






学校に行きたくない。正直2度目だし、義務教育は中学までだし、好きで通ってるわけでもない。私に学校に行く義理なんてないのだ。うだうだと自分を正当化しようとするものの、もはや習慣づいたルーティンで無意識でも支度は整う。
昨日の今日で、どんな顔して黒尾に会えばいいのか分からない。絶対に、何も無かったふりなんてできない。けれど、傷付けた方の私が休むのも許せない。妙なところでせめぎ合う自分に折り合いがつかないまま、気づけば校舎は目の前だった。



「え、黒尾休みなの?」


「そう、風邪。昨日雨に濡れて帰ってきたらしくて。そのまま寝ちゃったんだって」



下駄箱で偶然会った研磨にそう言われて、張っていた気が抜けた。拍子抜けだ。まさかの黒尾が来ないなんて。そこまで考えて今更ながらに思い当たる、今朝傘立てにあった私の傘はたしか1本も減ってなかった。ということは昨日の帰り、黒尾は傘を借りずにそのまま出ていったことになる。たしか雨は夜中降っていたはずだ。


「私のせいだ…」


「ん?なんか言った?」


「ううん、なんでも」


不思議そうにこちらを見た研磨に首を振って、階段で別れた。様子は気になる…でもお見舞いなんてどのツラ下げてって感じだ。メッセージならと思ってはみたものの、何度も書いては消してを繰り返して、結局なにも送れないまま時間だけが過ぎていった。



翌日、登校してきた黒尾に、精一杯の自然さを装って声をかけた。


「体調大丈夫?」


「おー、すぐ熱も下がったし」


一見して変わらない態度で返してくれた黒尾に、熱出てたんだ、と余計に申し訳なさが募った。だけど、ここでごめんねというのも違う気がして言葉が続かない。
教室にやってきた夜久が私達の様子を見て首を傾げた。


「芳乃なんか元気なくない?」


「そうかな?元気だよ」


努めて笑顔でそう返せば、そう?ならいいけど、と夜久は納得してくれた。内心ホッと息をつく。実はあの雨の日から色々考えすぎて眠れないのだ。隈はコンシーラーで隠しているけど、頭は重い。夜久に変な心配かけちゃった、もっとしっかりしなくては。予鈴を聞いて自分の席に戻りながら気を引き締めた。

結局そのまま試験勉強ムードの忙しなさにまぎれて。黒尾との関係性が不自然なまま試験期間に突入した。




##


試験が終わり、漸く黒尾と落ち着いて話ができると思った矢先。うちのクラスはさらに落ち着かない事態になった。


「はじめまして、三枝明です。今日から2週間よろしくお願いします」



そう言ってはにかんだ彼に、教室の女子がにわかに色めきたった。ざわつくクラスの雰囲気そっちのけでそう言えばそんなこともあったなぁ、くらいの記憶を呼び起こす。大学時代の同級生もやってたなぁ…教育実習。

今日から2週間うちのクラスに教育実習生が入るらしい。担当教科は社会。こちとら三年生な上に受験控えてピリピリしてるけど、そんなタイミングで実習生入れるって学校側もなに考えてるのかわからない。あわよくば歳が近い同士受験の相談に乗れるとかそんな魂胆?教育実習ってたしか大学四年だよね。ってことは21くらい?若いな。ついに先生が年下だ、つらい。さすがに高校生の中にいるのは慣れてきたとはいえ、自分の精神年齢は忘れていない。教わることに抵抗はないけど、こうして学生と先生の立場で年下に出会うと自分の存在の異質さを再確認する。

爽やかな好青年、という雰囲気の三枝先生はあっという間にクラスに溶け込めそうだ。個人的には印象が良すぎて逆にちょっと怖いくらいだけど。
不意に三枝先生と目が合う、ニッコリと笑いかけられて思わず目をそらした。…なんかあれだ、生理的に受け付けないや。



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「めっちゃ人気でムカつくんすけど!あの三枝ってやつ!」


「虎うるさい」


屋上に集まったバレー部の面々に混ざってのお昼休み。珍しく夜久に誘われたのだ。勿論黒尾もいる。内心気まずく思っていたけど開口一番山本の声にそんな空気も吹っ飛んだ。横にいる研磨が迷惑そうに距離をとる。意外にも話に乗ったのはリエーフと夜久だった。


「クラスの女子も騒いでたよな」


「黒尾先輩たちのクラスの担当でしたよね?どうですか?」


「女子の目が爛々としてる」


だるそうに返す黒尾だが、わりと普段のテンションと差がないのかリエーフは意に介した様子もなかった。黒尾の素っ気ない返答がつまらなかったのか、今度は矛先がこちら向かう。


「芳乃先輩は?あーいう男性はどうですか?」


「タイプかってこと?」


「そうそう」


キラキラとした笑顔のリエーフに対して、いつの間にか場が私の返答待ちで静かになった。なんだよ、さっきまで各々で会話してたでしょ、聞き耳立てるな。居心地の悪さを感じながらも考えてみる。三枝先生?そういう目線で見てなかったなぁ。


「えー、可愛いとは思うけど」


「可愛い!?あの先生が?」


「けど?」


夜久が大袈裟に反応する。いや顔立ちの話。そしてどちらかといえばって程度だけどね。意外にも海までもが続きを促してくる。君たちこんな話題に興味あるんだね。まあ、高校生だもんね。


「ちょっと胡散臭さあるよねぇ、生徒向けにキャラ作ってそう」


あーいうのに限って、大学でヤリサー入ってたりするんだよ?と心の中だけで付け加える。いやマジで。大学時代、女子高生と戯れてくるわーって実習いくやつとか、やれ何人に告られただの自慢げに言ってたやつらを知ってるだけに、三枝先生を例外なく厳しい目で見てしまうのだ。教職を片手間や資格のひとつとしてとる人は一定数いる。文系なら尚更だ。もちろん、誠実に目標を持って取り組んでる人が大半だし真面目な学生も知ってる。まぁ、その上で三枝先生は胡散臭いって感想なんだけど。


「ですよね!あいつ男子には全然笑顔振りまかないんすよ!むしろ冷たい!女子の前でだけっスよ!?」


「そうなの?」


「俺もそれは思う」


珍しく研磨が同意した。へぇ、あんまりこういうこと興味持たない研磨が言うってことは、結構露骨に態度が違うってことだろう。やっぱり同性のが色々気づけるよね…


「え、なに、山本は三枝先生に笑顔向けられたいの?」


三枝先生素敵だもんね、とからかうと、違いますよ!と全力で否定してくる。声が大きい。ほんと山本はピュアだよなぁ。君はずっとそのままでいてね。






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