罠
研磨と通話したのをきっかけに、私にとっての黒尾って、と考えて。私の思う友達としての大事と恋愛的な好きがかなり混同していることに戸惑っていた。我ながらややこしい。ちょっと冷静になって恋愛的な目線で黒尾を見てみる。面倒見いいし、ノリいいし、優しいし、わりと頼りになるし、必要な時は怒ってくれるし、ちょっと…本当に、たまに、…かっこいい。指折り数えていくと意外としっかりと異性として認識している自分に気づいて、少し恥ずかしくなった。
次に黒尾に彼女ができたと仮定してみる。嫉妬…はしなそう。彼女大事にしなよ、とか平気で言っちゃうかも。あ、でも彼女ができたら今の距離感は彼女に悪い?うーん、でもそれで改めるのはちょっと、いやかなり寂しい。そもそもの外的要素を取っ払ったら、私は黒尾の気持ちに応えたいと思ってる、のかな。それって好きってことなの?
黒尾と話をするからには私もちゃんと答えを出さないといけない。私がブレてたら、黒尾に失礼だ。悶々と考え出すと止まらなくて時間が足りない。
「ーさん、三池さん」
「ッ、はい」
「授業中だから、上の空はほどほどにね」
「すみません、気を付けます」
こちらをみて困ったように笑う三枝先生に素直に頭を下げた。恋愛で頭いっぱいで授業中先生に怒られるとか、あまりにも自分が高校生してて呆れてくる。
黒尾から視線を感じるけどなんとなくそちらを見れないでいた。いまも微妙な関係性は続いている。黒尾とは私の踏ん切りがつかないせいで話す時間が取れていないし、会えば挨拶はするし、話しかけづらいこともなかったけど、黒尾も黒尾で私に気を遣っているのか、あまり無理やり近づいてはこなかった。
「三池さん、ちょっと」
授業後に三枝先生に声を掛けられた。さっきぼうっとしてた件だろうか。三枝先生は変わらず女子に人気の様で、休み時間のたびに囲まれて質問攻めされている。私は基本近づかないので、わざわざ呼ばれる心当たりもなかった。教壇の方へと歩いていくとここでは少し、とか勿体ぶって廊下に出された。
「なんでしょうか」
三枝先生は周りの生徒を適当に散らすと、こちらに寄る。その距離が思いの外近くて
一歩後ろに下がった。周囲に聞こえないくらいに声を落として、いきなりなんだと思うかもしれないんだけど…と、口を開いた三枝先生に顔を寄せた。
「僕は君の秘密を知ってる、だから僕で力になれることがあればいいなと思って」
「!?」
耳打ちされた言葉に、馬鹿正直に驚いた。どういうつもりだとじっと顔を見上げる。耳打ちも不愉快だけど、何よりその内容に動揺してしまった。私の反応をみて三枝は満足げな顔をした。
「…なんのことか分かりません」
咄嗟に取り繕うが声が震えた。私の秘密?秘密って、そんなのひとつしかない。もしかして彼も世界を渡ってきてるって言うの?まさか。仮にそうだとしても、私が同じ境遇だって分かるはずがない。いったいどういうことだ。
平静を装うものの、戸惑っている私をみて、三枝先生はすっと腰をおったかと思うとまた距離が近づいて、思わず身構えた。
「まあまあ、少し話そうよ。実習のあいだは社会科資料室が待機場所なんだ。今日の放課後そこで待ってるよ」
愉しげな声にぞわりと鳥肌が立つ。最後に貼り付けたような笑顔を残して、三枝先生は廊下を歩いていく。呆然とその背中を見送りながら、しばらくその場から動けなかった。不意にぽんと肩に手を置かれて、大袈裟なほどびくついた。見上げると黒尾だ。
「芳乃」
「な、なに」
「顔色悪いぞ、三枝になんか言われたのか」
「…なにも」
「……そうか」
明らかに動揺したままの私に、黒尾はなにか言いかけて、そうかとだけ返した。以前の黒尾だったらこんなにあっさり引いてはくれなかっただろうな、と思って。勝手に距離を置かれたような気になって落ち込む。本当に自分勝手で嫌になる。
黒尾とのこともちゃんと整理がついていないのに。
だけど。
もし、三枝先生が私と同じ、別の世界から来た存在だとしたら。どのくらいこの世界にいるのかとか、戻る方法があるかないかとか、…あったとして戻らない選択肢があるのかとか。聞きたいことは山ほどあった。
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HRが終わり、教室を出ていく間際に三枝先生はチラッとこちらに目配せをしてきた。相手の真意が読めない。力になりたいって、言ってはいたけど言葉通りに親切にされる筋合いもなければ、それで向こうにメリットがあるとも思えない。思い詰めた表情をしていたのか、近くにいた山崎さんに心配された。
「大丈夫?なんか具合悪い?」
「ううん、平気」
「もう帰るなら、一緒に帰ろう?」
「あ、いや。…この後三枝先生に呼ばれてて。また今度一緒に帰ろ」
「そうなの?わかった、じゃあまたね」
「うん、また明日」
山崎さんを見送って、そっと教室を出る。下駄箱に向かう生徒の波に逆らう様に、社会科資料室へとむかった。