秘密の話
「三枝先生…私の秘密って、力になれるってどういうことですか」
放課後の資料室で二人きり。そこそこ人気の教育実習生は待機場所にも生徒が押しかけるんじゃないかと懸念していたが、驚くほどに部屋も周辺の廊下も静かだった。
椅子をすすめられたけれど、警戒心と不信感でなんとなく座るのを躊躇う。さっさと本題をと話を切り出すと、まぁ待ってと私を制した三枝は、誰かに聞かれたら嫌でしょ、とドアから廊下を見渡してパタンと閉めた。
ボイスレコーダーでも持ってきたほうがよかったかな。そう思ってすぐに、スマホを教室に忘れてきたことに気づいた。自分で思っている以上にこの状況に動転しているらしい。
「はじめて見た時から、君はなんとなくこのクラスで少し浮いて見えたから、気になってね」
今更このクラスでどう浮いてるんだと、反論したい衝動にかられた。クラスの中で落ち着いているとか、大人っぽいとかそういう印象を頂いているとは思っていたけど。まさかそんなことから私の事情がわかるはずもない。続きを促す自分の声が強張っている。
「吉川先生に聞いたんだ、君のこと。君記憶喪失、なんだってね?」
「……」
「君にとってほかの生徒達は心底能天気に見えるんだろうね。だから、達観したようにいつも距離を置いてまわりと接してる。記憶がかけているって不安だろう?交通事故だったんだね。無理に思い出す必要は無いけど、両親の記憶が一切ないなんて可哀想で…」
だらだらと話し続ける三枝先生の声が左から右に流れていく。今の私はおそらく盛大にポカン顔をかましていることだろう。
秘密って。
秘密ってそれかよ。
あんな意味深な雰囲気醸し出されたから安易に信じてしまったじゃないか。勝手にすごい勘違いしてた。やだ…恥ずかしい…埋まりたい。
もし同じように別の世界から来たんだとしたら、聞きたいことが沢山あったのに。あろうことか完全に忘れかけてた当初の設定資料の内容だ。正直どこで活かすのこれって思ってたけど、実習生側から聞かれたら、まぁ、先生も話さざるを得ないのか一応。
そりゃそうかー。
一人暮らしって知ってるくらいだし、経緯が説明されていても不思議じゃない。私も別に隠してないし、転校した当初はごくたまに話題に上ることもあった。黒尾たちと話したかは定かじゃないけど、山崎さんあたりは知ってるとか、そんなレベルの話だ。今更ながらに合点がいったけど、詰まるところ私がわざわざ資料室にまできたのはとんだ無駄足だったというわけだ。変に期待したせいでがっかり感が半端じゃない。早く帰ろ。
「あのー、話がそれなら。もう帰っていいですか」
「は?」
は?はこっちのセリフだ、意味深なこと言いやがって。話を遮ってそういうと、私の反応が予想外だったのか、三枝先生の空気感が変わる。
「……君みたいなタイプは、周りのヤツらのこと子供だって見下しがちだよね。一生懸命背伸びしてるみたい。そんなに大人に憧れる?」
煽るようなもの言いだけど正直大体あってる。べつに見下してはないけど中身の年齢ほんとに違うしなぁ。思春期の葛藤とかテンションとか1回通り過ぎてる身としては、そこについては馴染める時と馴染めない時があるのは仕方ない。どうしても態度に出るんだろう。
「まあ、そうですね」
「じゃあ僕と、大人の恋愛してみる?」
「はあ、」
なんでこんなに話が噛み合わないんだろう。この人本気でやばくない?
大人の恋愛て、あなたまだ21でしょうが。大学生と付き合うことが大人の恋愛っていう定義はどっからくるんだ。せいぜい社会人になってからものを言え。目的はこれ?大方可哀想な事情の生徒を囲って自分の自尊心を満たしたいとかそんなとこかと思っていたけど。単純に女子高生と遊びたいってこと?初対面の直感が当たっていたことに喜べばいいのか、なんだかやるせない。
「すみません、私先生の言ってること理解できないし、大人の恋愛も興味ないです。秘密ってなんのことかと思ったけど、別にそれ秘密でもなんでもないんで。帰りますね」
ぺこっと頭を下げて踵を返す。価値観も倫理観も合わない人とこれ以上話してもお互いに不快だと扉に手をかけた。
ガチッ
「え、」
嘘、開かない。なんで?このドア鍵なんてないでしょ。そこでようやく気づいた、スライドする扉の溝になにか咬ませてある。さっき外を確認した時?何してんのこの人。
「込み入った話になるかと思って邪魔が入らないようにしたんだよ」
「さすがにコンプラ舐めすぎてませんか。実習やめさせられますよ」
「君が何も言わなければいいんだろ」
「どうして私が黙ってると思うんですか」
「まあ、喋れるもんなら言ってみればいいよ」
妙に余裕のある態度の三枝に不信感が大きくなる。背後のドアの外は静まり返っている。そもそもこの並びの教室は資料室ばかりだ。普段から生徒はまばら。放課後ともなれば、人気は全く無くなる。こう言う時に限ってうざいほど絡んでる三枝推しの女子がいない。どうなってるんだ本当に。