吐露






放課後の保健室に先生はいなかった。私をベッドに座らせて、目線を合わせるように顔を覗き込んだ黒尾は、研磨に先生を呼びにいかせてもいいかと聞いてきた。黒尾なりに大事にしないように人選しているのがわかって、すぐにうなずいた。そして思い至る。今日は職員会の日で先生はみんな会議中だ。三枝がこのタイミングを狙ってたんだと、今更分かって背筋が寒くなった。黒尾が来なかったら今頃…。恐怖を思い出したようにガタガタと震えが戻ってきて、必死に抑えてみるものの上手くいかない。黒尾は救急箱を漁ると、消毒液と絆創膏を見つけてきた。そういや頬を殴られたんだった。


「ごめん、黒尾」



「…なにが」



「私、黒尾のこと…傷付けた」



「こんな時に何言って…」



それよりも何があったんだと、黒尾はずっと心配そうだった。でも、私はあの危機的な状況の時に浮かんだことを、どうしても伝えたかった。そのためには先に謝らないと。その一心で、黒尾の静止を聞かずに話しを続ける。


「なのに…助けに来てくれて、ほんとにありがとう。今まで本当にごめん」



「べつにもういい」


素っ気なく返された言葉が胸に刺さる。呆れるのも無理ないけど、自分でも自業自得だと思うけど。でも、それでも黒尾に嫌われたくない。そんな衝動に駆られて、思わず黒尾のシャツの袖を掴んだ。


「黒尾に話してないことがあるの…だけど、今すぐにはちょっと喋る勇気がなくて…っでも、ちゃんと言うから…だから…黒尾…お願い、嫌いにならないで…っ」



「はぁ、…なんでそうなんの」


「、」


「今更嫌いになれる訳ないだろ、」


「黒尾…ごめん、今まで沢山。ごめんなさい。ほんとにごめんなさい。でも、ようやく分かったの」


堰を切ったように涙が溢れる。あの時、三枝に乱暴されるかもしれないと思った瞬間。後悔したのだ。こんなことになるなら、素直に黒尾を受け入れていればよかったと。真剣にむけてくれた心に、気付かないふりをした罰なのかもと思った。乱暴に腕を掴まれて、頬を殴られて。体を這う手も、全てに嫌悪感を感じる一方で。黒尾が私に触れるときにどれだけ優しかったか痛感した。黒尾の大きくて温かい手に私は安心と心地良さすら感じていたのだ。それなのに、私から距離を置いて拒んだ。


今更伝えるこの気持ちは、もう何もかも遅いのかもしれない。何も成就はしないのかもしれない。だけど、今伝えなくちゃ。黒尾にもうその気はなくても、あの時向けてくれた気持ちには精一杯返したい。


「…好き。黒尾のことが好き。今更こんなこと言って、都合がいいかもしれなくても。黒尾が好きで、できることなら一緒にいたい」



「…人の告白遮っといて、自分は普通に言うのかよ」



ジト目で痛いとこをついてくる黒尾にひたすらごめんなさいと、好きを浴びせる。大袈裟なため息をついてその場にしゃがんだ黒尾は頭を覆って俯く。その耳が真っ赤で、なんだか愛おしくて、余計に涙が溢れた。


「うん、ごめん。大好き、黒尾」


「俺だって、ていうか、多分俺の方がずっと芳乃のこと好きなんだけど」



「ありがとう、好きになってくれて」


俯いたままの姿勢でぼそぼそとそんなことを言うから、手を伸ばして頭を撫でた。くしゃりと髪を混ぜる様に手を伸ばすとその手を捕まえられて、黒尾が顔を上げる。耳だけじゃなく頬まで赤くした黒尾がこちらを見上げて。


「こんな状況で言うのもなんだけど…芳乃のこと彼女にしていい?」



「うん。よろしくお願いします」




私に気を使ってるんだろう、触っても平気?とわざわざ確認を取って、抱きしめてくれた黒尾の背中に手を回す。自分からぎゅうと抱きつけば、黒尾も抱き締め返してくれた。腕の温かさと、ドクドクと一定のリズムを刻む鼓動の音に安心して目を閉じる。この腕の中に戻ってこれてよかった。ああ、好きだ。中身の年齢とか、私の出自だとか気にしてる場合じゃない。どうしようもなく、黒尾に恋をしているらしい。認めてしまえばなんであんなに意地をはっていたのか馬鹿馬鹿しくなってくる。私の中身が幾つだろうと、今この場では奇跡的に同い年で。モラルとかなんとか考えても仕方ないのだ。開き直ったっていいじゃないか。これから先、いつ元の世界に戻ったってそれまでのあいだ黒尾のことを全力で好きでいたい、大事にしたい。


「口、血が出てる」


頬を殴られた際に、口の端が切れたみたいだ。幸いにそんなに強くはなかったので歯は無事だし、痛みも口内炎のひどいのみたいな程度だ。


「ほんと、顔殴るとか最悪…」


頬に絆創膏を貼ってもらうために顔を上に向ける。なんとなく目を瞑った瞬間。唇の端にふにっと柔らかいものがふれた。絶対今の絆創膏じゃない。


「いまなに…んっ」


目を開けて、口を開きかけて塞がれた。ちゅっとリップ音がして下唇を軽く喰まれた。今度こそ口にキスをされた。あまりの不意打ちにぽかんと黒尾を見上げる。



「っ、…ちなみにこれ三回目だから」



「…三?雨の時の一回しか記憶にないけど…?」



「一回目は寝てる隙にした。去年の文化祭の直前。芳乃の家行った時」


え、私いつの間に寝込み襲われてたの?
ちゃっかり何してんの黒尾のくせに。


「……変態」



「ゴメンナサイ」



「…もっかいキスしてくれたら許す」



「え、なにそれかわいい。喜んで」


面と向かって可愛いとか言わないでほしい。好意を受け入れたそばから恥ずかしくて仕方ない。いきなりキス魔に変貌した黒尾は血相抱えた先生の足音が聞こえて来るまで、私を抱きしめていた。

- 37 -


prev | next