奇特な人




(佐助視点)


つい先程までは抱き締められる側だったにもかかわらず。いつの間にか眠ってしまったアキちゃんを、今度は俺が抱き上げて寝床へ向かう。

こちらの世界に来て数日が経った。

突如として放り込まれた異世界に戸惑い、帰る術も無く、途方に暮れていた時に出会った彼女。妙齢にもかかわらず、少女の様にあどけなく、無防備で。

初めて俺を認識して、声をかけて、話を聞いてくれた人。

穏やかな見た目に反して、俺が利用しようとした算段を見抜きつつも、受け入れてくれる妙な侠気がある。おまけにこんな怪しい自分に、無償で衣食住を提供してくれて、協力すると言い出すもんだから。世話になる身ながら、この子大丈夫かなと思った。


何か裏があるのかと勘ぐってしまったのも無理はないと思う。少し観察してみれば、裏ではないが、どうやら彼女の方も何やら辛い状況にあるようだということがわかった。時折ひどく落ち込んだような、傷付いた表情をする。その理由に興味はわかなかったし、何にせよ今の状況は己には好都合だと、その程度に思っていた。


湯浴みして一緒に御飯を食べて。至れり尽くせりな環境に戸惑う。時代の格差よりも、それらが無条件に与えられることに慣れない。

彼女が湯浴みをする間、りびんぐに独り残ってぼんやりとてれびを眺める。頭の中ではもう何回も繰り返した問が回っていた。
どうしてこうなったのか、俺は一体いつまでここにいるのか、帰れるのか……。もしかしたらもう二度と、あちらの世界には……。

ぐるぐると暗い考えに支配されていると、不意に、晩酌しませんか、と声が掛かった。

海の向こうのものだと出された綺麗な琥珀色の酒に、純粋に興味が湧いた。
一口飲むと、今まで味わったことの無い芳醇な香りとともに喉が焼ける。なるほど、これはなかなか強い。

今思うと、何でもないように己の瞳をこんな綺麗な色になぞらえたことが、不覚にも嬉しかったからかもしれない。
さらには身体も思考も疲労していたのに、馴染みのない酒を何杯も干していた。

酔ったと思った時にはもう手遅れで、まるで愚痴を零すように、気づけば心中がダダ漏れていた。

常ならば、絶対にこんな醜態は晒さない。忍失格だ、と自分に呆れる一方で、この世界では忍の猿飛佐助自体、存在もしていないのだと彼女の話を思いだした。


彼女を寝台に横たえたところで、ふと、抱き締められた感覚が蘇る。優しく髪を梳いてくれた、姫君のような細い指先。酔っているせいか少し高い体温。微かに薫る花のような甘い香り。華奢な首筋……思い出すうちに邪な感情がわきあがる。まだ少し酔ってるみたいだ。

寝台に下ろしても、小さく唸るだけで全く起きる様子のない彼女は、本当に無防備極まりない。

眠る彼女の顔の横に手を付いて、覆い被さるようにあどけない寝顔を見下ろす。


「俺様が悪いヤツだったらどうするの…?」


呟いてみても、起きる気配は無い。虚しい。いっそ本当に襲ってやろうか。
少しむっとして頬をつつくと、彼女は煩わしそうに寝がえりをうった。


「……ぅ……さすけさん……だいじょぶですよ……」


「………」


寝言か。夢の中でも彼女は俺の名前を呼んでるみたいだ。


自分の存在が不安になって。ここにいるのだと誰かに証明して欲しかった。だから、名前を呼んで、なんてまるで子供のような催促をした。
彼女の声が己の名前を紡ぐ度、朧気だった自分の存在が確かになっていくようで。満たされるような、不思議な感覚だった。

奇特な人だと思う。こんな厄介ごとに首を突っ込んで、気にかけて、受け入れてくれる。

もしも彼女に、己の全てを曝け出したらどんな反応をするのだろうか。

来て早々に、この世界では人殺しは犯罪なのだと説明された。動物を殺す場合も下手したら捕まるんだって。
なら、この世界では俺は立派な犯罪者だ。勿論、快楽で人殺しをする趣味は無いけどさ。
今まで数え切れない程の人間を屠ってきたと知ったら、彼女はもう俺に触れてはくれなくなるだろう。

そこまで考えて、自分の思考に自嘲する。

嗚呼、触れてくれない、だなんて…………まるで触れて欲しいみたいじゃないか。

健やかに眠る彼女の髪を掬う。サラサラと指通りのいい感触が心地いい。


「何に傷付いてるのか知らないけどさ。そんなのいいから、もっと俺様に夢中になんなよ」


聞こえてないと分かっているからこそ。我ながら巫山戯たことを言っていると思う。彼女が夢中になったとして、俺が今後も此処にいる保障はない。
そもそも、一刻も早く親方様達の処に戻りたいのだ。この世界で誰かに固執している場合じゃない。

それなのに。この奇特な人につい縋りたくなる。甘やかして、甘えてみたくなる。受け入れて欲しいと思ってしまう。

覚えて無くていい。今だけ、少しだけ。
掬った髪を弄んで、頬を撫でる。向こうに戻ったら、好い人なんて生涯作る気はないのだ。そんな存在は弱味にしかならないのだから。


「今だけだから、俺様を許してね。アキちゃん」


そう囁いて、眠る目蓋にそっと唇を落とした。

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