お母さんの本気
目が覚めると、自分の部屋のベッドだった。
途中で起きた記憶がないから、十中八九猿飛さんが運んでくれたのだろう。やってしまった、恥ずかしすぎて消えたい。
布団の中でひとしきり反省と悶えを繰り返して、時計を確認すると時刻は8時を回っていた。
やばい、朝ごはん作らないと。
昼がない分、猿飛さんにとって朝ご飯は重要だ。慌てて着替えてキッチンに降りる。
あれ、いい匂いがする......
「おはよう、アキちゃん。ご飯できてるよ」
リビングに入ると朝ご飯ができていた。
......おかしいな、お母さんの幻覚が見える。
食卓には魚、卵焼き、おひたし、具沢山のお味噌汁と百点満点の和食が並び、しゃもじを持った猿飛さんがにこやかに笑っている。
まるで昨日のことなど無かったかのような笑顔だ。酔って覚えてないんだろうか。
「おはようございます、猿飛さん。朝ごはん作ってくれたんですね」
ありがとうございます、と頭を下げると猿飛さんは少し不満気な顔をした。
え、なんで。
不思議に思いながらも促されるまま席に着くと、ご飯がつがれ、冷えた麦茶が注がれた。ぬかりない。
いただきます、と手を合わせてお味噌汁に箸をつけた。いろんなだしの味がする。野菜の甘みが、全力つくしてる...!
「美味しい...!」
「それは良かったー」
黙々と箸を進める私を見る猿飛さんの目はなんだか妙に暖かい。お母さーーん...
朝ごはんを作ってもらったので、せめて洗い物だけでもしよう思ったのだが、居候の身だからこれくらいやらせてとキッチンから追い出されてしまった。
仕方なくリビングでテレビをザッピングして、情報番組を流す。おお、今日は1日晴れかぁ。でも気温は低めだ。そろそろ冬服を出さないとな。
...あ、
天気予報を見ていてはたと気づいた。そういえば今日はバイトだ。夕方からではあるがそれでも8時間ほど家を空ける。その間猿飛さんには、お留守番をしてもらわなければならない。
「言い忘れてたんですけど、今日は夕方から仕事があるんで、帰り遅くなりますね」
流しに向いていた背中に話しかけると、猿飛さんは手を止めてくるりと振り返った。
「あー、あるばいと?だっけ」
「それですそれです」
夕飯はいらない旨と、先に寝てていいこと、何かあった時の電話の仕方など、留守番するにあたっての諸々を伝える。
「...とまぁ、電話はこんな感じです。バイト中も携帯もっとくようにするので、何かあったら今教えたとおりに電話くださいね」
「はいはーい。そういえばさ、アキちゃんはなんの仕事してるの?ずいぶん夜遅いよね」
「今の時代は、みんな遅くまで起きてますからねぇ。バイト先は居酒屋...、お酒とご飯を提供するお店ですね」
お酒という言葉を聞いた途端、猿飛さんの眉がす、と寄った。
「...それって大丈夫なの?いろいろと」
「たまに酔っぱらいに絡まれますけど、概ね大丈夫ですよ」
確かに居酒屋のバイトは大変ではあるけど。うちは個人経営なうえちょっとお高めの居酒屋だから、実際質の悪い酔っぱらいにはそうそう当たらない。そう説明しても、猿飛さんは胡乱気だ。
「大丈夫ですって。もう三年働いてますけど、問題ないですよ」
念を押すと、猿飛さんはそれならいいけどさ、と全然納得してない顔で洗い物を再開した。
なんでいきなりこんな心配してくるんだろう。本気でお母さんポジションを狙う気なのだろうか。