絶対零度
「んなことよりもさ、せっかく作ったんだから食べて」
「……ありがとうございます、いただきます」
ぽんと手渡されたお弁当を開く。……釈然としないけど、とても美味しそう……。
複雑な表情のまま、でも黙々と食べ進める私に、満足そうな佐助さんが微笑む。
そこへ。
「あーー!アキちゃんやっと見つけたァ」
聞こえた声に箸が止まった。顔を向ければ陽菜と春人の姿が。しつこいな、もうほっといて欲しいのに……。
目敏く私のお弁当に気付いた陽菜が寄ってきて、佐助さんに声をかける。
「はじめまして!アキちゃんの友達の陽菜っていいます。このお弁当おにーさんがつくったんですかぁ?」
「そうだけど」
「きゃ〜!すっごく美味しそう〜料理できるって凄いですっ。それに、おにーさんめっちゃかっこいいですよねぇ」
「あはー、ありがとね」
春人そっちのけで佐助さんに話しかける陽菜。おいおい、あからさまに媚売ってるのがバレバレだけど大丈夫ですか?
対する佐助さんは、出会った時のあの胡散臭い笑顔を貼り付けて、サラリと受け流している。うわ、なんかこなれてて嫌。
上辺だけの会話を続ける佐助さんを眺めていると、黙ってた春人が口を開いた。
「……アキ、この人とどういう関係なの」
「……春人にはもう関係ないでしょ」
「なんだよその言い方」
春人は春人で当たりが強い。なんで突っかかってくるの、意味わかんない。
居心地は最悪だ。せっかく佐助さんが作ってくれたのだから、ゆっくり食べさせて欲しいのに。
不機嫌を隠そうとしない私に、陽菜が思いついたように笑みを深めた。
「そういえば、アキちゃんと春人、二人で話しなくていいの〜?」
「アキちゃん用事でもあるの?」
ぽんと投げ込まれた会話に、眉を潜める。佐助さんは、ん?と首をかしげて私と春人を見比べた。その様子に、陽菜の口元がにやりと歪む。
「あれ、おにーさん知らないんですかぁ? この二人付き合ってるんですよ。
ね、そうだよね?
まだ付き合ってるんだよね?」
「……ッ、」
ガツンと頭を殴られた気がした。確かに、きちんと話をしたわけじゃない。別れましょうって言った覚えもないから、陽菜の言葉は間違ってない。
けど。
今ここであんたが、それを言うの?
この状況を作ったあんたがどの面下げて。
色んな感情が混ざった怒りが湧き上がって、 下唇を噛んだ。感情が昂って、勝手に視界が滲んでくる。泣きたくない、こんな所で、この人達の前で。
俯いて必死に耐える。箸を握ったままの手が震えた。
「あのさぁ」
突然、今まで聞いたことない程低い声がして、びっくりして涙が引っ込んだ。ひやりと周囲に冷たい空気が流れた気がして、陽菜も春人もピタリと口を噤む。
え、佐助さんの声だよね?……もしかしなくても怒ってる?
恐る恐る見上げた顔はにっこりと笑顔のまま。それが逆に怖い。
「詳しいこと知らないけど、なんかオタクらといてもアキちゃんがちっとも楽しそうじゃないからさ。
……悪いんだけど消えてくれない?」
極上の笑顔で冷やかに言い放った佐助さん。
陽菜があからさまに動揺して、あの…私…と小声で何か言い掛けたが、視線に気圧されて春人の後に隠れた。
春人は完全に萎縮して視線をさ迷わせると、何も言わずに陽菜を連れていなくなった。
横にいる私まで、威圧感で動けない。こっわ。
「……さて。アキちゃんもそろそろ、勉強に戻る頃だろ?」
二人が視界から消えると、ガラリと声音を変えて佐助さんが切り出した。
さっきまでの威圧感を掻き消すように優しく促されて、緊急が解ける。時計を見ればほんとに授業がはじまる時間だ。残り少ないお弁当をあわてて食べて、片付ける。
「佐助さん、あの……ありがとうございました」
「お粗末さまでした」
「いえ、お弁当もなんですけど...さっきの」
「あぁ……ごめんね勝手にあんな事言って。けど、なーんかいい気分しなかったんだよねぇ、アレほんとに友達?」
言葉が胸にささる。おっしゃる通りだ。陽菜と私はいつから友達じゃなくなったのかな。
……もしかしたら最初から、友達だと思われてなかったのかもしれない。
「さぁ、もう分からないです」
苦笑してそう言うと、ごめん、傷付けた?と頭を撫でられた。眉を下げてこちらを伺う表情は、先ほどとうって変わって優しい。佐助さんが謝ることじゃないのになぁ。
「……帰ったら、話聞いてもらっても良いですか?」
興味無いとは思いますけど、と付け足させば今度は佐助さんが苦笑した。