回顧
春人とは、二年に入ってすぐ、授業で一緒のグループになったのがきっかけだった。
何かと気に掛けてくれて、いい人だと思ってたから、告白された時は物凄く驚いたし、嬉しかった。
私たちの仲は順調だったと思う。もしかしたら、私だけがそう思ってたのかもしれないけど。
少なくとも喧嘩はしなかったし、記念日には旅行に行ったりもして。幸せだったし、大切だった。
一週間前。授業終わりに会う約束していたにも関わらず、突然春人から急用がはいったと連絡が来た。
別段疑いもしなかった私は、じゃあ帰るねとだけ返した後、ふと思い付いて図書館に向かうことにした。せっかくだし課題を済ませようと思ったのだ。2時間ほど勉強して、冷え込む前にと大学を出る。駅に向かう道で信号待ちをしていると、横断歩道の向いでキスをするカップルが目に入った。
こんな所でよくやるわーと大した興味も無かったが、信号が変わり、仲良く歩いてくるその顔をみて思わず足が止まった。
私の視線に最初に気づいたのは春人だった。そこで声を掛けてきたのなら、まだどうとでも言い訳できただろうが。春人は明らかにしまった、という顔をした後、勢いよく目をそらした。その様子にようやく私の存在を認識した陽菜は、一瞬勝ち誇ったように笑ったあと、わざとらしく繋いでいた手を離して、申し訳なそうな顔をした。
ああ、そういうことか。
驚く程冷静に、すべてを察した。
互いの間に一瞬の沈黙が落ちる。信号が点滅をはじめて、私は何も言わずに歩き出した。すれ違う瞬間、春人が何か言いたげだったけれど、視線すら合わさなかった。
言葉にすれば大した事はない出来事だ。それに、今思えば最近の春人と陽菜は不自然に距離が近かった気がするし。
いつからそういう仲だったのかはわからないけど、何にせよ状況の理解はすんなりできた。死ぬほど絶望もしなかった。仮にも彼氏をとられた反応にしては薄かったのかもしれない。けれど確かに、傷付いていた。
一人になって気を抜いたら鼻先がつんと痛くなって、じわりと視界が滲んだ。
春人の嘘に?
陽菜の裏切りに?
疑いもしなかった自分の能天気さに?
きっとそのすべてが、辛くて、悔しくて、惨めだった。
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昼休みのあと、佐助さんには先に戻ってもらい、私は教室へと向かった。春人と陽菜は教室にはおらず、そのまま会うこともなかった。
家に戻ると佐助さんが夕飯を作ってくれていた。相変わらず美味しいそれに舌鼓をうって、お風呂にも入って、何から話そうか考えた。
そうして今に至る。
先日と同じように晩酌に誘い、並んでソファに座りながら、ぽつりぽつりと私はこれまでの事を語った。自然と、グラスを干すペースが早くなる。
「……なんか馬鹿みたいですよねぇ、こんな事で落ち込んで、佐助さんにまで気を遣わせて…」
言葉にしてみれば呆気ない。抱えた膝に顔を埋めて、ため息をついた。早く消化して、切り替えないといけなかったのに。いい歳して彼氏を取った取られたで喧嘩するのは恥ずかしいし、惨めだ。
「そう? アキちゃんはもっと怒っていいし、泣いていいと思うけど」
むしろ引っぱたくくらいしていいよ、と真顔で言う佐助さん。
「……やですよ。かっこ悪いじゃないですか」
「俺様の前でまでかっこよくいる必要は無いでしょ」
穏やかな眼差しで見詰められると、張ってる気が緩んでしまう。
「…そうやって甘やかす」
「目一杯心配してあげるって言ったしね」
「……ずるいなぁ、佐助さん」
苦笑しようと思ったのに上手く笑えなくて。気付いたら勝手に涙が零れていた。
優しく腕を引かれて、抱き締められる。小さい子をあやす様に背中をポンポンと叩かれて、今まで耐えてきた感情が溢れた。
あの二人の前では、絶対に泣きたくなかった。動揺したらそれこそ陽菜の思うツボで。それだけは絶対に嫌だったから。
「...陽菜なんて、嫌い。春人も嫌い。嫌い、きらい...ばーか……さい、ていっ、…うぅ…っ…」
一度泣いてしまったらあとはなし崩し。佐助さんの腕に縋って、言いたい放題文句を言って、子供のように声を上げる。
この前とは立場が逆だね、と佐助さんが優しく笑った。