道具か人か
近い近い近い……!
じわりじわりとソファの端に追い詰められて、状況は圧倒的不利。半ば押し倒されるような状態で佐助さんに見下ろされていた。
「ねぇ、どうする?」
「ひゃ、」
囁くように耳元で問う刹那、唇が耳を掠めて肩が震える。いきなり色気を振りまかないでほしい。どうしよう、なんで、どうしてこうなったの。どうすればいいの。
完全にテンパってる私に対して、佐助さんは余裕そのもの。時たま感じる佐助さんの妙にこなれた様子が面白くない。そりゃ、そんだけイケメンならね、掃いて捨てるほど相手が寄ってくることだろう。さぞ経験も豊富なんでしょうね!このやろう!
「け、結構です!」
吃りながらやっとそれだけ言うと、佐助さんは不満そうに眉を潜めた。
「……俺様じゃあ相手にならない?これでも結構モテるんだけど」
「ちが、」
「アキちゃんは、俺様をもっと上手く使っていいんだよ?」
「…!」
何でもないことのように紡がれた言葉が引っかかって。それまでの焦りを忘れた。
……上手く使うって何だ。
確かに、佐助さんの存在のおかげで嫌なことを考えずにすんでた部分はある。それを利用していたと言われれば返す言葉もない。
だけど。
「……そんな、言い方しないでください」
明らかに怒気を含んだ私の声に、佐助さんが不思議そうな顔をした。なんで怒ってるの?と目が物語っている。
もしも……、私が身体で癒してくださいと言ったなら。その通りになったのだろうか。私が望めば、佐助さんは本当にそうしてくれる。あの言葉は、きっとそういう意味だ。仕方ないとでも思うのだろうか。それともそこに佐助さん自身の意思すらないのだろうか。望まれる通り応える、ただそれだけ……そんなの機械と一緒だ。それに、私は佐助さんを一時の慰めに使うような女だと思われているのだろうか。そう思ったら何だか急に腹が立って、同時に悲しかった。
「少なくとも私は、佐助さんの存在を人として尊重してきたつもりです」
「…...、」
私の意図に気付いたのか、途端にバツの悪い顔をして目をそらした佐助さんの胸ぐらを掴んで、引き寄せた。至近距離で真っ直ぐにその目を見据える。
「私が一時の感情で、言葉通り貴方を"上手く使う"女だと思われてるなら心外です。
同情でこんな事してるなら尚更嫌です」
馬鹿にしないでください、と啖呵を切るように言い放った私を見て、佐助さんが瞠目した。
「……アキちゃ、」
「それに……っ佐助さんはもっと自分を大事にしてください」
「え、」
言葉の裏に透けて見えた自嘲も、感情を隠すように貼り付けられた胡散臭い笑みも、過去に何があったかも。あちらの世界での佐助さんのことを私はほとんど知らない。もしかしたら、そうしないとやっていけない世界なのかもしれない。
「何も知らない私がとやかくいう資格はないですけど……郷に入っては郷に従えっていいますし。少なくともここにいる間は、自分の気持ちを尊重してください」
だから、こんな事までしなくていいんですよ?と、最後はもはや懇願だった。
佐助さんは驚いたようにぱちぱちと瞬きをして、それからふっと目元を和らげた。ああ、そっちの顔は好きだ。
「あー、もう。かなわないねぇ、アキちゃんには」
「茶化してるんですか」
「違うって!」
こんなつもりじゃなかったのになぁとため息をついた佐助さんが、ソファに付いていた腕の力を抜いて、そのまましなだれかかってきた。体勢はさっきより際どいのに、流れる空気はずっと和やかだ。
「……佐助さん、重い」
「俺様のしたいようにしていいって言ったのはアキちゃんでしょ」
なんか違う気がするんだけど、言った手前すぐに撤回というわけにもいかない。じわじわと照れが戻ってくるが、もういっそ大きい犬に懐かれたことにしようと自分に言い聞かせた。
しばらくの間お互い何も言わず、互いの心音だけが、密着した身体から伝わる。
しばらくそうしていると、先ほどの自分の態度を思い返してだんだんと後悔が襲ってきた。酔って愚痴って泣いたと思えば、突然怒って、ガン飛ばして、胸ぐら掴んで。挙句に無茶苦茶な口を利いた……我ながら酷い、キレられてもおかしくない。情緒不安定すぎるだろ私。
「あの、」
「なに?」
「……生意気に色々言ってすみませんでした」
今更ながらに謝罪を口にしてみると、堪えきれないというように佐助さんが笑い出した。え、なんで笑うの
。
「さっきの威勢の良さは何処いっちゃったわけ」
「や、流石にやり過ぎたなって…」
私の胸の上で肩を震わせていた佐助さんは、ひとしきり笑うと顔を上げる。
「許してあげない」
意地悪なその言葉とは裏腹に、その顔はとても無邪気だった。