黒い鈍器




きっかけは、佐助さんの一言だった。


「そういえばさ、お兄さんの部屋に置いてある黒いのって武器かなにか?」


夕飯中にそう聞いてきた佐助さんに、はて、と首を傾げた。黒い武器?兄の部屋に?何が置いてあったっけと思い返す。佐助さんは最近新たな漫画に手を出しつつあって、頻繁に兄の部屋に出入りしている。ちなみに今は、左頬に十字傷のある伝説のお侍さんが主人公の、時代モノにご執心だ。戦国の人に幕末モノを読ませるのは如何なものかとも思ったが、本人が楽しそうだし深く考えるのはやめた。


「……武器はないと思いますけど...どんなですか」


「なんかこう先が細長くて、下は瓢箪みたいな形で、高さは...俺様の腰くらい?」

身振り手振りで話す佐助さんを見てたらピンと来た。あれの事か。確かに、全く知らない人から見れば武器に見えなくもない。使うとしたら鈍器になるのかな。


「何のことかわかりました。お風呂から出たら見せますね」

笑ってそう言えば、佐助さんは武器じゃないなら何だろう?と不思議そうに首をかしげた。


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「よいっ、しょっと」


兄の部屋から降ろしたそれを慎重にリビングの床に置いた。警戒する佐助さんを他所に、パチン、パチン、と金具を外していく。蓋に手をかけると、しばらく触っていなかったせいかギッと音を立てた。

「謎の武器の正体はこれです。なんだか分かりますか?」


「…………琵琶?」


「まぁ、ほぼ正解ですね。ギターという楽器です」


こんな大きいの初めて見たよ、と目を丸くする佐助さんの前に現われ出たのはアコースティックギターだった。確かにギターケースは頑丈に出来てるから、当たると痛いし、武器にもなるかも知れないけど。


「アキちゃん弾けるの?」


「少しだけ」


そう言ってギターを手に取り構える。父親が若い頃に買って、兄も弾いて、私も使っていたギター。私がやってたのは中学から高校の途中までだったし、それ以降は一切やってないから、触るのは本当に久しぶりだ。弦が錆びてないか確認しつつチューニングをする。


「綺麗な音だね」


幾つか弦を弾くと、床に座ってソファに肘をついた佐助さんが興味深そうに言った。佐助さんの時代は琵琶か。となるとギターの音色とはかなり趣が違うのかもしれない。琵琶の音は強くて独特な侘しさみたいなものを感じる洗練された音。対してギターはどこか懐かしくて、丸い、温かみのある音だ。
チューニングを終えて、幾つかのコードを確認する。

一軒家だし、そうそうご近所迷惑になることは無いけど、夜だからスローな曲がいいだろう。昔弾いた曲を思い出しながら弾き始めると、佐助さんが、息を飲んだのがわかった。



ゆっくりとしたテンポで爪弾くのは、有名なアニメ映画の曲だ。アルペジオで主旋律を追う。しばらく弾かないうちに柔らかくなってしまって、弦を押さえる指先が少し痛い。4分程の短い曲を弾き終えると、佐助さんがぱちぱちと拍手をくれた。


「この時代の曲って面白いね、歌は無いの?」


「本当は歌詞もありますよ」


「それは是非とも聴きたいね」


「気に入ったのなら、歌ありの動画を見せますよ」


「アキちゃんの歌が聞きたいのに」


「歌はちょっと...」


あいにくと、歌は人に聞かせる程得意じゃない。歌うこと自体は好きだけどね。
歌わない代わりに他の曲を弾きますよ、と言うともう一度今の曲が聴きたいと言われた。本当に気に入ったみたいだ。
リクエストに応えてイントロを弾き始めると、佐助さんが聴き入るように目を細めた。
弾きながらも頭の中には歌詞が流れてきて、音と一緒に歌詞を辿る。何となく選んだ曲だったけれど、浮かぶ歌詞と照らし合わせると、妙に今の状況に似ているような気がして少し切なくなった。

夜に潜む優しさって、不思議な歌詞だと思っていたけど、今ならなんとなく理解できる。
それまで1人で過ごしていた夜が、佐助さんが来てからというもの、一緒にテレビを見たり、晩酌したり。力を抜いて、色んな話をして。今では1日のうちで大好きな時間になった。

こうやって慣れてしまうと、いつか別れる時が辛いなぁなんて。ぼんやりと考えながらも、指先は勝手に弦を弾いていた。


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