知らない感情
(佐助視点)
朝も早かった上に一日中気を張って疲れたのだろう。隣に座るアキちゃんは相当眠いようで、先程からかくんかくんと首が座っていない。右に左にとゆらゆら揺れる頭を自分の肩に引き寄せる。
起きた様子もなくそのままもたれて寝入るアキちゃんが、今日ばかりは恨めしかった。力なく膝のカバンに添えられた片手をとって、指を絡ませる。手遊びのように、すりすりと細い関節をなぞると擽ったいのか、ぴくりと指が動いた。
揺れる電車の中で思い返すのは先程のこと。
俺はあの時、彼女になんて言って欲しかったんだろう。
この世界に来て初めての仕事。仲間ならと当たり障り無く接していたのだが、彼女にとっては違和感なく女の子と話していたことは意外だったようで。本人は多分無自覚だったのだろうが、不自然な笑顔で強制的に会話を終わらせ仕事に戻って行った彼女は、多分間違いなくまわりの女の子に嫉妬していた。
そのことが柄にもなく嬉しくて、そういう意味では姦しく騒いでくれた女の子達に若干感謝さえした。
それなのに。
仕事が終わってからの彼女には全くその色が見えなくて。挙句にきょとんとた顔で、飲んでくれば、なんていうもんだから、ますます訳が分からない。
嫉妬したんじゃなかったの?俺をどう思ってるの?
どうしてこんなことを思うのか、自分でも戸惑うほど。彼女の気持ちが知りたかった。
「どうでもよくないですよ!え、っと、……いつもお世話になってて、感謝してます。あとは、佐助さんの帰る手助けが全然できてないことが、申し訳ないです……」
どうでもいい?と半ば自虐的に問えば、必死に否定してくれる。けれど、その返答には当たり障りのない好意しか読み取れなかった。
違う、そうじゃない。聞きたいのは、言って欲しいのは…もっと…
「……なんて言って欲しいんですか...?」
一瞬、思考を読まれたのかと思った。
戸惑ったようにつぶやかれた言葉に、心が揺れる。
"俺様は、アキちゃんが..."
言いかけて、冷静な自分が感情に歯止めをかける。いま、何を言おうとした?
俺はこの世界に迷い込んだだけだ。帰る地は甲斐にあって、彼女と結ばれることなどないのに。そんな不安定な存在の自分が、彼女に何を求めるというのか。
今だけ。そう思いながら触れていたはずだったのに。彼女の側は温かくて、もう少し、もう少しだけと求めるうちに気付けば離れ難くなっている自分がいる。
こんなはずじゃなかったのに。
あまりにも身勝手な思考も、それに振り回される自分にも、混乱を隠せない。こんな自分は知らない。はじめて持て余した感情にじりじりと胸が疼いた。