迷子の迷子の
本当に。本当に何気なく投げた言葉に、おにーさんの雰囲気が変わった。
さっきまでの苦笑いがすとんと抜け落ちて、無表情。そんなおにーさんの反応を見て、ようやく私は、さっきまでと違う意味でのヤバさに気づき始めた。
「へいせい...って、時代なの、今?」
「...はい」
呆然としていたおにーさんは暫くして、念を押すようにそう言った。
「戦国乱世は、いつの時代?」
「いつ?えっと、戦国?織田信長とかですよね?」
「織田は知ってるんだ」
逆にそれくらいしか知らないんだゆるしてください。
「いつとかは、すみません日本史疎くてわからないです。でも、確か戦国のあとが江戸で、明治で、大正、昭和、と年号がかわりまして、今が平成です、この間に数百年は経ってると思います」
「...............」
あまりに稚拙な私の返答に呆れての沈黙かと思いきや、おにーさんは何かを必死で考えているようで。
さっきのやり取りから考えると、どうしたってこのおにーさんは戦国時代からタイムスリップしてきたようだ。でもおにーさんには、私の想像するいわゆる昔の日本人的な要素が全くない。確かに格好は変だけど、和服ではないし、ちょんまげでもない。ってか髪明るいし、背は高いし...よく見るとイケメンじゃん...戦国時代に、こんなチャラそうなイケメンがいてたまるか。
「あのー、とりあえず交番行きます?」
あれこれ考えた挙句、正直早く帰って寝たかった私はそう提案してみた。
「こうばん?」
「はい、えっと、この国を守ってる人たちがいるところです。困ってる人を助けたり悪いことした人を捕まえたりします」
「それって、時代を越えてきた人も助けてくれるところ?」
「あはは、どうでしょう」
おにーさんの目が見れない。さっきまでめちゃくちゃ動揺してたくせに、なんでこういうところ察しが良いんだよ。
「ふーん、ちょっとこうばんは、遠慮しようかな」
「じゃ、じゃああとは自力で何とかしてください。私にできるのはここまでですさようなら」
勘の鋭いおにーさんに、嫌な流れになってきたのを察した私は一目散にその場を離れようとした。
ガシッ
「ひっ」
「まぁ待ってよ、もう少し話聞かせてくれてもいいんじゃない?」
顔は笑ってるくせに私の腕をものすごい必死で掴んでくる。今ここで大声出せば誰か来てくれるかな。
「あ、ちなみに逃がさないし、なんなら一緒にこうばんいく?俺様、アンタのこと以外知らないって正直に言うけど」
ああ、もうこのおにーさんから逃げ切れる気がしない。初対面だけど。多分普段からこういう人なんだろうなぁ。頭いいヤツなんて嫌いだ。
観念してため息をつくと、腕を掴む力を少しだけ緩めてくれた。そういえば、とおにーさんが気づいたように口を開く。
「アンタさ、こんな夜中に1人で出歩いて何してるの?女の子が危ないよ?」
「バイト...あー、仕事が終わって帰る所だったんですよ、家も近いんで大丈夫で、す...ぁ」
「へぇ、じゃ、ここで長話もなんだし、取り敢えず家行ってもいい?」
言ってから気付いた。突然女の子が〜とか言うからなんだこいつお母さんかよとか思ってたら、このためか...!最初から家に来る気だったな。まんまと引っかった。
腕離してくれないし、このまま連れ帰るしかないのか?こんな怪しい人を?これで殺されても私文句言えないよ。
不意に、さっきのおにーさんの表情が思い出される。寂しそうで、不安気で、本当に迷子の子供のようだった......って、この短時間で絆されて
るのか私は。イケメンって怖いな。
「…はぁ、分かりましたよ。取り敢えず、話は聞きますから」
「......いいの?俺様が言うのもなんだけど、アンタかなり危ない状況だと思うよ?」
「自分からその状況作っといて何言ってるんですか。どうせ断れないならもういいですよ、これで殺されても仕方ないです」
ここ最近の日々にも疲れてたし、怪しいけどイケメンなおにーさんに殺されるなら、もう別にいいんじゃないか、なんて。投げやりになったことは秘密だ。
「殺さないよ 」
「はいはい、わかりましたよ」
どうせ連れて帰ることになるならこんなに立ち話しなかったのに。眠い。と文句をいいながら掴まれたままの腕を引いて、自宅へ歩き出す。おにーさんは不思議な顔をして、すんなりついてきた。