動き出すおもい
一人になった部屋で、考えを巡らせる。あの本が稲荷神なら、世を渡ったというのなら。佐助さんをこちらに連れてきたのも稲荷神じゃないのか。どうして佐助さんを連れてきたんだろう。意図的?偶然?
そもそも、最初にあの本が現れた時になんで何も起こらなかったの?疑問は次々と浮かぶが、1人では答えも出ない。
「佐助さんは帰れるの?」
誰ともなく呟く。もうすぐひと月になる。現代でひと月も消息不明になったら大騒ぎだ。真田さんも心配してるだろう。なにより、佐助さんは一刻も早く帰りたいはずだ。
……アキ…
不意に、誰かに呼ばれたような気がして顔を上げた。あの本?なんとなくそんな気がして、本を手に取る。途端にうつらうつらと眠気に襲われてそのまま意識が遠のいた。
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今度は不思議な空間に浮かんでいた。辺りは真っ暗闇で光源もない。にもかかわらず、自分の姿は目視できた。そして目の前にあるのはあの本だ。
ここはどこ。また夢の中?知っているのは本だけだろうが、聞いて教えてくれるわけでもない。
「せめて、喋れたらいいのにね」
まぁ、本がしゃべるなんて無理な話か。自嘲しながら本の表紙を撫でた途端。
パキンッー
硝子が割れたような音がして、瞬きのうちに目の前に白い子犬が現れた。
「……え、犬」
「狐だ」
「!?」
子犬のような見た目に反して、聞こえてきたのは落ち着いた男の人の声。喋った……!いよいよ何でもありになってきたな。ということは、
「あなたがあの記憶を見せたの…?」
「ああ」
その言葉を聞いて、子狐に手を伸ばした。抱き上げると温かくて柔らかくて軽い。本が狐になったことも、その狐が普通に喋り出したことも、驚かなきゃいけないことは沢山あったはずなのに。先程の凄惨な記憶はすべてこの子狐のものだと思った瞬間、堪らなくなった。
真っ白な毛並みに、耳と尻尾の先、それから額だけが赤い毛。普通の狐じゃないのは確かだ。ぎゅっと抱きしめるが、暴れることも嫌がることもせずされるがまま大人しい。暫くそのまま抱いていると、てしてしと尻尾で頬を叩かれた。
よくよくみるとすごいかわいいな。
「あなたはどうしてここに来たの?」
「アキを探していた」
「どういうこと?」
「アキには素質があったから。ちゃんと力が強くなるまで待ってたんだ」
一体何の話だ。意味深な言葉に首を傾げる。素質?力?なんか話の方向がおかしくなってきたぞ。
「なんのこと?」
「最初、読めなかっただろ」
その質問の意図するところは、以前図書館で本を見た時のことだろう。
「うん、白紙だった」
「違う、あれはまだアキが見えなかっただけだ。ちゃんと書いてあった」
「でも佐助さんも白紙って言ってたよ」
「あいつにも素質はあるが、アキほどじゃない。あいつにとっては今もきっと白紙の本だ」
「……私修行?とか何もしてないんだけど。なんで急に読めるようになったの」
「あいつのこと何とかしたいって思っただろう。それに、今は心も乱れてない」
佐助さんを助けたいって思ったことで、その謎の力が強まったってこと?うわぁ、なんかファンタジー通り越して中二っぽい。こんな状況じゃなきゃ到底信じられないわ。心云々ってのは、図書館の時は私が色々あって落ち込んでたから?情緒不安定だったってことか……そこに関しては、なんだか申し訳ない。
「じゃあ、今の私なら佐助さんを助けられるの?」
本が読めるようになって、稲荷神も見える今なら。佐助さんを元の世界に帰してあげられる?
「アキと俺の力があれば。次の満月にでも向こうに送れる」
「次の満月って...?」
「十四日後だ」
あっさりと言った稲荷神に、拍子抜けした。十四日って二週間後か。佐助さんは元の世界に帰れる、あと二週間で。それは、佐助さんにとって何よりの朗報で。
「そっか、二週間後……」
ずっと探していた方法が見つかったんだ。こんなに嬉しいことは無い。そうだよ、喜ぶべきことなのに、良かったはずなのに。どうしてか、そんな感情は湧いてこない。むしろ……。
あと二週間で佐助さんは私の前から居なくなってしまう。それはもう二度と会えなくなるということだ。もう二度と。そう思った瞬間、愕然とした。
自分の浅ましい想いに気付いてしまったのだ。別れを突きつけられて感じる喪失感は、同居人がいなくなるそれではなかったから。
「アキ?」
黙ってしまった私を、稲荷神が不思議そうに見上げてくる。ふわふわと柔らかな毛が頬に触れて、その暖かさに、胸が締め付けられた。
嘘だ。出逢ってまだひと月しかたってないのに。一緒にいた時間が走馬燈のように浮かぶ。不敵な笑み、温かい髪色。優しい手に、言葉に、助けられたこと。一緒にいると安心できて、楽しくて、凄くドキドキした。優しいと思ったらたまにいじわるで、なんでも出来て頼りになるのに……時々寂しそうに笑うから放っておけなくて、抱き締めたくなる。
ああ、自分でも信じられない。いつの間にこんなに。
___こんなに、好きになってたんだろう