裏腹に





ガチャンと、音を立てて玄関が閉まり、しまったと思ったのもつかの間。起こしてしまったかと気にしていたら、まだ起きていたらしい佐助さんが玄関まで出迎えてくれた。


「おかえり、アキちゃん」


「ただいま戻りました...」


耳馴染んでしまった声に、安心するとともに切なくなる。なんだか目を合わせるのが躊躇われて、曖昧に視線を泳がせた。


「……。寒かったでしょ、お風呂沸いてるよ」


「ありがとうございます」


相変わらず気が利くなぁ、とお言葉に甘えて、着替えをとってから風呂場に直行する。


「......どうしよう」


湯船の中で膝を抱えて、ため息とともに呟いた。うまく笑えない、卒なく立ち回れない自分が悩ましい。丸井くんや切原くんにも心配かけて。帰りがけ、まじで行くからちゃんと空けとけよ、と丸井くんに釘を刺された。

こんな状態じゃ、佐助さんを前にして冷静に話もできやしない。気を抜いたら余計なことまで言いそうだ。
ぐるぐると悩み続けているうちに、頭がぼうっとしてくる。やばい、逆上せはじめた...。

いつもなら、お風呂から上がったらリビングに行って、眠くなるまでの少しの間佐助さんと話をする。だけど、どうしても話をする気になれなくて、リビングを通らず自室に戻った。



部屋の机には、朝出ていったままの状態で、ポツンと稲荷神の本が置かれていた。これに触れて寝たら、また夢の中で稲荷神に逢えるのだろうか。
私が兄の部屋で倒れたあと、目が覚めた自室にはこの本が置かれていた。佐助さんが一緒に運んでくれたんだろう。きっと佐助さんだってこの本のことを思い出しているはずだ。それなのに、何も聞いてこない。倒れたことも、泣いたことも、心配こそすれ、問いたださない。絶対に気になっているはずなのに、きっと私が話すのを待っていてくれてるんだ。
その優しさが返ってじわじわと罪悪感を膨らませる。
私が何も言わない理由は、私のため。自分本位な私が覚悟を決められないだけ。


言わないと。
やっと帰れますよって。
大事な人のところに戻れますよって。

そう、笑顔で言わないと。
試しに鏡に向けて無理やりつくった笑顔は引き攣って。泣いているみたいだった。


#



何も言いだせないままぎこちない距離があいて、時間だけが過ぎていく。


今朝も必要最低限の会話をしただけで、居づらくなってしまい、丸井くんとの約束は夕方にも関わらず昼過ぎに家を出てしまった。


「なにやってんだろ私...」


ただでさえ時間が無いのに、自分から佐助さんといる時間を削ってる。ショーウィンドウに映った自分の顔はあからさまに落ち込んでいて、やるせないため息が漏れた。とりあえずで出てきたせいで特に行きたいところもない。駅前をあてもなくフラフラしていると。


「アキさん!」


「よぉ、はえーな」


まさかの丸井くんと切原くんに遭遇した。聞けば、二人は映画を観る約束をしてたらしい。そのまま飲みも来るのかと思ったら、切原くんは夕方から友達とテニスしに行っちゃうんだとか。


「アキさんも一緒に映画行きませんか!」


「え、いいの?」


ふたりで約束してたんじゃないのか。
そう思って丸井くんを見れば、暇なら行こうぜ?となおも誘ってくれたので、お言葉に甘えた。


二人が、と言うより切原くんが見たかったのはスパイアクションものの洋画だった。テレビでもCMが流れてたし、佐助さんがそれを見て珍しく興味深そうだったから、よく覚えていた。

ポップコーンとコーラを両手に準備万端な切原くん。その隣に丸井くん、私の順番で席に座り、上映時間を待つ。


「丸井くんは切原くんと一緒にテニス行かないの?」


「テニスはいつでも出来るしな。今日はこっちが優先だ」


丸井くんの口振りからして、私が先約だったってことなんだろうけど。別に私とだっていつでも飲みいけるでしょ?と思ったが言わないでおく。にしてもこんな見た目で二人ともスポーツ万能らしい。モテ要素しかないのか。天は二物を与えないなんて大嘘だよなぁ。

話をするうちに、ブザーが鳴って、映画が始まった。


#


「面白かったね」


「超カッコ良かったッス!」


「凄かったなー」


アクション映画のいい所は、見終わったあとの爽快感だと思う。派手なカーアクションや、銃撃戦はさすが海外映画と言わざるを得ない。めちゃめちゃ面白かった。興奮冷めやらぬ切原くんは、丸井くん相手に映画のアクションを見様見真似でけしかけて、見事に返り討ちにされている。ホントに仲がいいんだなぁ。

こんなに普通に遊ぶのは久しぶりで、こうしているとこの一ヶ月がいかに非日常だったのかを思い知る。 それでも映画を見てる最中、気が付くと佐助さんだったらどんな感想言うかな... とか考えてしまった私はもうだいぶ末期なんだろう。

駅前まで戻ってくるとちょうど時間だったようで、切原くんは失礼しますっと律儀に挨拶して雑踏に消えていく。残された私と丸井くんは、適当に周辺をぶらついた後、チェーンの居酒屋に入った。







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