代われるものなら
「……で、お前は一体何を悩んでるわけ?」
やっぱり来たか……。
最初はお互いの大学のこととか、バイトのこととか、当たり障りない話から始まった。他愛ない話を幾つか消化して、程よくお酒がまわってきた頃に投下されたのは、昨日の続きだった。
あー、えー、と言葉を濁すも、丸井くんは完全に聞く体制だ。昨日と違って、多分何かしら話すまで引いてはくれないだろう。けれど、洗いざらいホントのことを話すわけにもいかないし。
「……丸井くんはさ。好きになった人ともう二度と会えないってなったら、どうする?」
色々と考えて言葉を選んだ結果、出てきたのはそんな問いだった。丸井くんは、眉を寄せて難しい顔をする。そりゃそうだ。突然意味わかんないよな。
「どうするって?」
「その先が何も無いって分かってて告白する?それとも黙って見送る?」
「二度と会えないって、どうして分かるんだ?」
「手の届かない所に行っちゃうから……それならいっそ伝えない方がいいのかなって。相手だって迷惑かも知れないし」
言いながら落ち込んできて、だんだんと視線が俯く。
「なんで最初から迷惑とか決めつけんだよ。断られてるならまだしも、言いもしねーのに勝手に迷惑とか言うなよ」
「でも、その先がないってわかってて告白するのって私の自己満足でしょ?そもそも相手の気持ちも分からないし」
「だからなんだよ。二度と会えないなら尚更、伝えられることは伝えるべきだろ。あとで後悔しても遅いんだぞ」
やけに強気な丸井くんの言葉が、正論のように聞こえるのは、私の希望を代弁しているから?
私のために耳障りのいい言葉を選んでいるような気がして、何故か必死で否定してしまう。
「でも、」
なおも食い下がろうとすると、痺れを切らしたように俺は!、と声を上げた丸井くんに遮られた。いつもより大きい声に思わず怯む。
「……俺は、自分に脈がないって分かってても、それでも好きだと思う自分まで無かったことにはしない。……そう簡単に諦められるなら、そもそも悩まねーよ」
「丸井くん……」
言葉が、胸に刺さる。そうだ。私は、相手の気持ちも分からないうちから自分の気持ちを無くそうとしてた。迷惑かもって言いながら、その裏で、拒否されたらどうしようって怖かったんだ。受け止めてもらえなかったときの事ばかり考えて、覚悟ができてなかった。
「うだうだ考えても仕方ないだろ。行き着く先は結局、"好き"なんだから」
「...っ」
ため息混じりに呟いたその言葉が、すとんと胸に落ちてきた。
好きなのだ。
どうしようもないくらいに。
佐助さんの顔が浮かんで、不思議と頬が緩む。顔を思い浮かべるだけで、こんなに満たされるのだから。
「そっか……そうかも...仕方ないのかも」
「……」
へらりと笑った私を見て、丸井くんは一瞬目を見開いて、それから泣き笑いのような笑みを浮かべた。
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丸井くんとの帰り道、気分が妙にスッキリした途端に酔いを自覚した。らしくもなく、足元がふらついている。丸井くんに腕を支えられながら家路を辿る。気まずく家を出た手前、佐助さんに連絡するのは躊躇われた。
「丸井くん、本当にごめんね、ありがとうね」
「気にしなくていいから、ちゃんと歩け」
意識はハッキリしてるのに、足が思う様に動かない。絶対日本酒のせいだ……。丸井くんのペースに乗せられて、普段飲まない日本酒を飲んでしまった。しかもそれまではカクテルにウーロンハイと、俗にいうちゃんぽん状態だ。
ようやく家の前までたどり着いたところで、もう大丈夫、と捕まっていた腕を離すと、不意にその手を引かれてぽすんと丸井くんの胸にダイブした。そのまま背中に腕がまわる。まわる?ん?
!?
「ま、丸井くん!?」
突然のことに慌てふためく私をよそに、ぎゅうっと抱き締める力を強めた丸井くんが耳元で呟く。
「……こんな事なら、はやく言ってればよかった」
「え、なに……」
「……アキにあんなに幸せそうな顔させる相手が、俺じゃないのが悔しい」
切なげな声に動揺する。
幸せそうな顔?いつのことだ?なんで、丸井くんが悔しいの...?
それって……。
状況と、言われた言葉の意味を察して、身体が強ばった。
嘘だ、そんなまさか。
「…それは、どういう意味...?」
答えを聞くのが怖かった。震える声でそう誤魔化せば、すっと身体が離れてぐしゃぐしゃと頭を撫でられる。丸井くんは苦笑いを浮かべていた。
「…っ…ごめんなさい」
「謝んなよ、まだ何も言ってねぇ」
「……」
「お前に付け込む隙が出来たら、そん時にちゃんと言うから」
だからまだ何も言うな、と遮られて、黙ったまま俯いた。丸井くんは、優しい。いつも真っ先に気付いてくれて、助けようとしてくれて。どうして気づかなかったんだろう。私が気付かなかったせいで、きっと沢山傷付けた。今更気付いておきながら、咄嗟に誤魔化してしまった私はなんて卑怯なんだろう。最低だ。罪悪感に押し潰されるような心地がして、思わずギュッと手の平を握り締めた。爪がくい込んで、刺すような痛みが走る。
「戸締りちゃんとしろよ?」
「……うん」
視線を上げられないままなんとかそう返すと、丸井くんは、おやすみ、と言って帰っていった。その背中を見送って涙が零れる。
あんなに思ってくれる人がいるだけできっと私はとてつもなく幸せものなんだろう。
だけど。
他の誰でもなくあの人を好きになってしまったから。
ごめんなさい、
ありがとう、
言葉にならない思いで胸が痛かった。