ほどける
なんで、
どうしてこんなことに、
夢なら覚めて、
誰か助けて……
「……っ!、」
魘されて飛び起きた。あたりは明るくなっていて、虚ろな視界に入った時計の針は、九時をまわっていた。身体にびっしょりと纒わり付く汗が不快感を煽る。ひどい悪夢を見ていた気がする。昨日はどうやって眠りについたんだっけ。
だるい身体で身じろいだ拍子に感じる違和感。見ると手首が赤く鬱血していた。それになにより、この下腹部に残る鈍痛は……
途端に悪夢のような昨日の出来事が蘇った。
「……っ、あ、ぁ...、」
恐怖を思い出した身体が震える。ひゅ、と喉が狭まって息がうまく吸えない。落ち着け、落ち着け。抑えこむように両腕で体を抱く。
縮こまって、なんとか呼吸を落ち着けて。脳内にフラッシュバックする残像を振り払うように大きく息を吐く。
ひとまずシャワーを浴びよう。意を決して部屋から出てみれば、家の中は物音一つしない。恐る恐る階下に降りると、いつもする筈の人の気配がなかった。
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シャワーを浴びて着替えても、体のだるさはぬけなくて。ぼうっとする頭でリビングにむかう。
佐助さんはどこへ行ったんだろう?
戻った? 嘘。それはまだ先のはず。隠れているのかな。リビングを見渡してもしんと静まり返ったまま。彼に本気で隠れられたら、私には見つけようが無い。黙って何処かへ行くようなことは今までなかったけど、昨日の佐助さんは明らかに様子がおかしかった。何かを誤解して、怒ってるようだった。朝は普通だったはず、何かあったとすれば帰ってからだ。
まさか
思い至ったのは、丸井くんとの別れ際。家の前で一瞬だけ抱きしめられたあの時。
佐助さんはあれを見てた?
唐突に昨日の言葉の意味が分かった。あの男って、丸井くんのことだ。でも何で、あんなに怒ったの?
(もしかして佐助さんは……)
「佐助さん」
呼び掛けてみるも返事はない。どうしよう。私の予想が自惚れていいのなら、余計に佐助さんと話がしたい。しないといけない。
「佐助さん……佐助さんっ!…出てきて…っ……」
視界が滲んで声が震える。こんな終わり方は嫌だ。すれ違ったまま、最後の思い出がこんななんてあんまりだ。
不意に背後でかたんと音がして、振り向くと、俯いた佐助さんが立っていた。表情は見えない。
「佐助さん、こっち向いてください」
反射的に震えてしまう身体を無理矢理押さえ込んで、そっと近付いた私に大袈裟に肩を揺らして。ゆっくりと顔をあげた佐助さんの表情は今にも死にそうなほど真っ青だった。
「……っ、アキちゃん、……」
「待ってください、何も言わないで...
……落ち着いて、私の話を聞いてくれませんか?」
今にも泣きそうな佐助さんを制して、先手を打つ。
「佐助さんを元の世界に戻す方法が、わかりました」
「!?」
私の唐突な発言に、佐助さんは呆気に取られた顔をした。拙い説明で事情を話す。本の正体、自分の力、そして夢の中のこと。話を聞いていくうちに、佐助さんの目が驚きに見開かれていく。
「……佐助さんが帰れると、知った時。ようやく私は、佐助さんへの気持ちを自覚しました。
でも、伝えるべきなのか悩んで...。
それに伝えたとして、
佐助さんの態度が変わってしまったらって思ったら怖くて。
いっそ帰れることもすべて黙っていれば、ずっとここにいてくれるのにって、思ったりもしました。
佐助さんに協力すると約束したのは私なのに。最低です、ごめんなさい」
そこまで言って、頭を下げる。呆然と立ち尽くしていた佐助さんは、震える声で、そんな、と呟いた。
「ごめん、本当にごめん……
アキちゃんが、何かを悩んでるのには気づいてたんだ。それに俺様が関係してるってことも。それで昨日、……っ、他の奴に抱かれてるの見たら、そういうことだったのかって。勝手に邪推して、嫉妬した……」
佐助さんは酷く打ちひしがれて、ひたすらに謝罪を繰り返す。何を邪推して、嫉妬したのか。この後に及んで分からない程馬鹿ではない。それに、行為に関しては佐助さんを肯定できないにしても、原因を作ったのは私だ。私がすぐに伝えていれば、こんな不安を抱かせることも無かったのに。どうしてこんな回り道を辿ってしまったのか。
でも、何をされても。今更思いは変わらない。
「アキちゃんに...どう償えばいいのか...」
「……凄く、怖かったんですよ」
「…ごめん、」
「いくら好きな人でも、あんな抱かれ方は二度と嫌です。ちゃんと責任とって上書きしてください」
今にも零れそうなくらい目に涙を溜めていた佐助さんは、私の言葉に目を丸くした。瞬いた拍子に、ポロリと涙がこぼれる。
「それって……」
「もう二度と会えなくなると分かっても、あんなことをされても。気持ちを無かったことにはできなくて」
「…そんな…、俺様でいいの?本当に?」
「佐助さんじゃなきゃ、駄目みたいなんです」
真っ直ぐに目を見て、笑ってみせた。瞬間、視界いっぱいに佐助さんの服が広がる。苦しいほどに抱き締められて、震える身体を委ねた。