思いの丈
「温泉ってあんなに気持ちいいんだねぇ」
「ッ、お、かえりなさい」
バムッと冷蔵庫を開けると同時に、背後で露天の扉が開く音がした。大袈裟にびくついて反射的に振り返ると、浴衣を纏った佐助さんの姿が。
普段の風呂上りも破壊力抜群なのに、今日はそれにプラスして、浴衣のオプション付きだ。着なれてるからだろうか、女の私でさえ生唾を飲むようなやたらとこなれ感漂う着こなしに、振り返った体勢のまま呆然と魅入ってしまった。
「冷蔵庫開けっ放し...って、聞いてる?アキちゃん」
「、っは、い」
はっ、として慌てて日本酒を取り出し扉を閉める。結局なんやかんや悩んでる間に佐助さんのお風呂が終わってしまったらしい。なんてことだ。
「...後一週間だね」
「...そうですね」
美味しい日本酒は水の様に飲めるらしいと聞いたことがあるけど、いくら水のようでも酒は酒だ。はじめはしみじみとしていたはずだったのに。水を飲むようなペースでグラスを干していた佐助さんは、突然ふわりと気の抜けた笑顔になるとギュッと抱きついて来た。あれまぁ酔ったなこれは。
「アキちゃん、あったかいねー」
「酔ってるからですよ、たぶん」
お互い浴衣1枚な分、抱きしめられると普段より体温を直に感じる。温泉効果かお酒のせいか、平時は低めの佐助さんの体温は、いまに限ってすこし高かった。私はと言うと、状況も相まって顔が熱い。もちろん体温もだ。
「アキちゃん」
「なんですか?」
「アキちゃん」
「...よしよし」
うりうりと胸に頭を押し付けて甘えてくる佐助さんの髪を撫でる。
だぁああ何なのこの可愛い生き物!
酔うとこうなるの?子供かっての!このあざとさ...もはや演技でも素でもどっちでもいい。
「アキちゃん」
「なんですか」
佐助さんはどうやら名前を呼ぶのも呼ばれるのも好きみたいだ。甘える子供をあやすような気持ちで、穏やかに返すと伏せていた目線を上げて佐助さんがこちらを見る。酔ってるはずなのに鋭い視線に射抜かれて、思わず体が強ばった。
「ねぇ...春人ってやつに、揺らいだ?」
「!?」
同時に背中に回った手が首の後ろから浴衣の襟を引き下げて、ずるりと肩が露出した。そのまま唇が首筋を辿って胸の上部にキスマークが浮かぶ。
「佐助さん...っ」
ブラの肩紐も、なんならブラも丸見えで、突然のことに頭が回らない。すぐ後ろには並べられた布団がある。ああ、これはこのまま流されたらダメなやつだ。
「っ、春人の電話に出たのは、佐助さんとちゃんと向き合いたかったからです!」
無言で浴衣の腰紐を解く佐助さんに、このまま訳が分からない流れは嫌だと、声を張った。ピタリと動きを止めたのを見計らって、胸のうちをさらけ出す。
” ーーーまだ付き合ってるんだよね?”
あの時言われた陽菜の言葉が、胸の奥でずっと引っかかったままだった。佐助さんと思いが通じて、体を重ねて、その引っかかりは余計に大きくなっていた。過去を清算するっていうとかっこいいけど。単純に区切りをつけたかっただけだ。結局、自分から春人を呼び出す勇気も電話する勇気もなくて、こんな形になってしまった。私はつくづく小心者でずるい。
「私は佐助さんが好きです、すれ違うのも、勘違いし合うのももう嫌。佐助さんとの間に言えない感情があるのも嫌...だから、ちゃんと区切りを付けたかったんです」
露出した肩が冷えて、鳥肌が立つ。沈黙が落ちたかと思うと、はぁ、と大きな溜息をついた佐助さんはそのままギュッと腕の力を強めた。
「アキちゃんのことに関しては、俺様全然余裕ないや...」
「否めないですね...」
「呆れた?」
「いえ全く」
「正直に言うけど、心底惚れた相手ってアキちゃんが初めてなんだよね」
「え」
「あ、今引いたでしょ。まぁ、引かれてもしょうがないとは思うよ」
いや、引いたというか。その言葉の意味はいろいろ捉えられるよね。じゃあ今までの相手は何だったのって話よね。佐助さんのチャラ男...。
「大事にしたいのに、壊したくないのに、どうしていいか分からない。簡単に嫉妬に囚われて、ガキみたいに冷静さを失って、平時の俺様はどこいっちゃったのかねぇ」
困り果てたようなその口ぶりが面白くて、笑いがこみ上げた。
「なんで笑うのさ、俺様結構本気なんだけど」
「ごめんなさい、ふふふ」
なんだ、佐助さんも同じようなこと思ってたんだ。ずっと大人だと思ってたのに、なんだかすごく近いところにいるような気がする。佐助さんには悪いけど、ちょっと嬉しかった。