湯煙と星




「身体冷えただろうから、お湯に浸かろうか」


膝の裏に腕が回ったかと思うと、そのままふわりと身体が浮いた。ひぇ、なんて情けない声が漏れて、思わず佐助さんの首にしがみつく。お姫様抱っこだ...この歳になってすると思わなかった!


そのまま向かうは、露天風呂。
あれ、ちょっと待って、佐助さんさっきあがったばっかりだよね?


「大丈夫ー大丈夫ー」


心を読んでるのかいまいちわからないテンションで、私を抱えたまま器用に風呂への戸を開けると、冬の冷気が浴衣の隙間から入り込んで背筋が震えた。寒いぃ。


「俺様に脱がされるのと自分で脱ぐの、どっちがいい?」


「いやいや、いやいや、」


「はいはい、脱がされるほうね」


「いやいやいやいや!?」


ほんとに落ち着いてほしい、 なに、なんのプレイが始まるの!?お風呂?お風呂なの?佐助さん変態まっしぐらだね??

さっきまでのシリアスなんだかよくわからなかった空気が一変して、おいてけぼりだ。あっという間に身ぐるみ剥がれたかと思ったら、バシャンと湯船の中に放り込まれた。雑かよ。慌てて近くにあったバスタオルを体に巻き付ける。

挙句に佐助さんはなんと浴衣のまま入ってるではないか。濡れて肌に張り付いた浴衣がまたセクシーですね...って、違う。指摘すればまたもや文化の違いらしい。ジェネレーションギャップも、数百年単位になるともう何も言えない。


何やってんだか、本当に風邪引くよ全くもう。温泉特有のとろりとした感触につつまれて、その上ほろ酔いで、私も箍が外れた。どうとでもなれ。


大きく息をついて空を見上げると冬の澄んだ空気にはっきりと星が瞬く。最近夜空なんて見上げてなかったなぁと思いつつふと見覚えのある形を見つけた。有名過ぎてあれだけは知ってる。


「オリオン座!」


「なに?」


「あれ、オリオン座っていうんですよ。ほら、あそこに星が三つ並んでるでしょう?」


「鼓星のこと?」


「つづみ?」


「ん?あれのことでしょ?」


ふたりしてお湯に体を沈めながら空を指さしてはてなを飛ばし合う。佐助さんの脚の間に座って、背中を預けて。あーでもないこーでもないと空を見上げる。そのうちなんだかおかしくなって、どちらからとも無く笑ってしまった。


「あー、もうなにやってんですかね、私達」


「よくわかんないけど、多分きっと、これが幸せってやつなんだろうね」


感慨深げにこぼした言葉を聞いて、妙に切なくなってしまった。


「幸せ...はい、そうですね、幸せです 」


佐助さんの幸せに加われたことが嬉しくて、少し悲しくて。泣きそうになる。 この先もずっと一緒にいられたらいいのに。口に出さないなら、願うくらいは許されてもいいんじゃないかな。
似たようなことを考えていたらいいのにと思いながら振り返って佐助さんの顔をみると、空を見上げていた視線がこちらを向いた。

その瞳が揺れているようにみえるのは、水面が反射しているせいなのか、それとも別の要因か。無言でじっと見つめ合って。どちらからとも無く唇を重ねた。



#




布団の端から入る冷気と、窓の外から鳥のさえずりで目が覚めた。
あー、えっと......これが噂の朝チュン?ちょっと違う?


昨日あれからまぁ、その、ね。世にいういちゃいちゃ(死語?) をした挙句、やっぱりそういう流れになったのだけど。
酔ってたしのぼせたしで、途中から覚えてない。多分気絶したんだと思う。気付いたら朝で、布団で、さらには佐助さんの腕の中。ちなみに浴衣もしっかり着てる。


「うぅ、腰...痛い...」


酒やけなのか喘いだせいか、掠れた声が漏れる。今日また運転して帰るのに、この身体のだるさどうしてくれよう。もう一泊したいくらいだ。
はぁ、と息をついた矢先、もぞもぞと腰のあたりに絡む感触。


「...佐助さん、狸寝入りはよしてください」


「あはー、バレた?」


こんなあからさまに腰さすっといて、起きてないわけないじゃないか。
やけに爽やかな笑顔の佐助さんをジト目で見上げる。腰から背中を撫でていた手がごくごく自然な流れで浴衣の腰紐にまわり、するりと解けた。って、おいこら。


「ちょっと、朝っぱらから何するつもりですか」


「ん?昨日の続き?アキちゃん途中で寝ちゃったから」


「......」


「嘘々冗談、もうしないってば」


寝ちゃったんじゃない。気絶させられたんだ。この変態。
色んな感情を含んだ私の表情をみて、佐助さんは慌てたように腰紐から手を離した。


残念、と仰向けに寝返りをうった佐助さんの首元に、昨日あげた虎目石が垣間見えた。それだけで満たされるなんて、私もとうとうバカップルの仲間入りらしい。

けれど、こんな時間はいつまでも続かない。
明日はバイトで、明後日から2日間は大学だ。そうこうしているうちにあっという間にリミットがくる。

佐助さんがいなくなった後、私はどうなるんだろう。佐助さんが来る前の生活に戻るだけだと思うけど、そんなの全く想像がつかない。


「......」


寂しい。


無言で佐助さんの腰に腕を伸ばして擦り寄る。なになに、甘えたさん?と相好を崩す佐助さんに見られないように彼の浴衣に顔を埋めた。じわりと目の端に涙が浮かぶ。泣くな、泣くな。


なにかを察してか、茶化すのをやめて静かに抱き締め返してくれた腕の中で、この涙が最後だと誓う。
出会った時からドタバタしてたんだ。このまま最後まで私達らしくいたい。
頭を撫でて髪を梳く手に涙が助長されるの必死でこらえて、朝ごはん食べましょうか、と笑顔で顔を上げた。


- 46 -


prev | next