最後の日




惜しむ時間ほど早く過ぎて行く。



自分に出来ることは、何も無いのだと、こういう時嫌というほど思い知らされる。ふとした瞬間に感じるさみしさを除けば、普段通りを維持するのは容易だった。

大切に、大切に。空いた時間は常に一緒に過ごしていたように思う。
そうしてあっという間に別れの時はやってくる。




「こんなところに祠なんてあったんだ...」


時刻は午後の11時を回った頃。場所は、佐助さんが最初に現れたという雑木林。私が生まれる前からあるその森というには浅い木々の小山は、実は初めて踏み入れる場所だったりする。
そもそも他人の土地だしね。勝手に入る罪悪感と闘いながら、稲荷神に言われるがまま佐助さんを連れて来てみれば、ちょうど林の中頃に小さな祠を見つけた。手入れもされず苔と雑草に埋まっているところ見ると、きっとこの林の持ち主もこの祠の存在を気にしてないのだろう。そもそも知らないのかもしれない。


夜も深くなって、普段だったらこんな時間に雑木林なんて絶対に入りたくないけれど。不思議と怖さは感じなかった。


驚くことに、私が佐助さんに事情を話したのを知った稲荷神は、その場でひょいと子狐の姿に変身して見せた。なんだ、夢の中以外でもなれるんじゃないか。そう言うと、そうじゃなきゃどうやってアキの家に忍び込めるんだ。と、もっともなことを言われてしまった。いやだって神様でしょ、なんでもありだと思うじゃん。なんなら最初から狐で会いに来てくれればよかったのに。



「まもなく正子だ。アキ、準備はいいか」


「うん...」


私の声に、稲荷神はゆるりと尻尾を振ると飛び跳ねる様に祠の周りをまわり始めた。1周、2周...まわる度に空気がピンと張り詰めて、どこからとも無く霧が出てくる。教わったとおりに緊張で震える手を組んで、意識を集中させる。佐助さんは来た時の服装に戻ってじっと私を見つめていた。


行かないで、ここにいて。


そう叫んでしまいそうになる自分を必死でこらえて、目を瞑った。
頭の中に流れ込んで来る詞をそのまま読み上げていく。祝詞と言うらしいが、言葉を紡いでいるのは自分だと言うのに意識はどこか遠くにいる。いつかのように稲荷神が同調しているのだろう。だんだんと気力が削がれていくかのように身体が重たくなってくる。自分の力がどうのなんて、未だに冗談半分で受け取っていたけど、こうなってみて初めて何かしらのエネルギーを消費してる実感が湧いた。



なんとか最後の一節まで読み上げて、ゆっくりと目を開く。
辺りは濃い霧に包まれていた。


「すごい...」


思わず声の方を向くと佐助さんがまじまじと一点を見つめていた。視線の先には、先程まで朽ちかけていた祠が悠然とした姿で光り輝いていた。


「準備は整った」


いつの間にか姿の見えなくなった稲荷神の声が反響するように響く。


本当に、最後だ。


何を言おうか、ずっと考えていたのに、いざその時が来てしまうと頭が真っ白だ。


「アキちゃん、今までほんとにありがとう」


困った様に眉を下げた佐助さんが、こちらをじっと見つめている。何か言わなきゃ、声をだそうとすると涙が出そうになる。泣くな。もう泣かないって決めたんだ。笑え、笑え。
ぐっと唇を噛んで口角をあげる。


「私も、佐助さんと出会えて幸せでした、ありがとうございました」


やっぱりアキちゃんは笑顔が一番だね。と綺麗に笑った佐助さんを見て視界が滲む。まだだめだ。


「アキちゃん、この先もずっと、愛してるよ」


「...ッ」


一瞬だけ縮んだ距離の間に。
塞がれた唇と、離れ際に囁かれた切なさの滲んだ声。


弾かれたように伸ばした手は、何も無い霧を掴んで。瞬きの間に、佐助さんは目の前から姿を消した。


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