彼の地へ
『──目を覚ませ、アキ!』
「ーーーッ!!」
飛び起きて数分は、自分がどこにいるのかもわからなかった。恐怖でカチカチと歯が鳴って、後から後からと涙がこぼれる。尋常でない私の様子にいなりが心配そうに顔を覗き込んだ。
『酷くうなされていたぞ、何を視た』
「さ、さすけさんが…、っ、火の…倒れて…お城で…」
噛み合わない歯が震えて言葉が出てこない。
これは何?私は何を見たの?まさか、佐助さんが。
『落ち着けアキ…猿飛佐助はまだ生きている。おそらくお前が見たのは予知夢だ』
混乱した頭が最も絶望的な結論導き出す前に、ピシャリといなりから言い放たれた言葉に口を噤んだ。とにかく落ち着けと尻尾でなだめられる。予知夢?予知夢って…なに?
『アキが見たのは未来だ。どこまで先のことかは分からないが、そう遠くない未来に猿飛佐助は夢と同じ状況に陥るのだろう』
「未来…?未来って、明日?一ヶ月後?1年先?」
『…それはわからない』
いいずらそうに目を伏せるいなり。布団を掴んでいた手が冷たくなっていく。そんな、そんなの。
「それって最悪明日や明後日に佐助さんが…し、死ぬかもしれないってこと…?」
『……』
生きてって願ったはずだったのに。生きて、幸せになって欲しいと思ったんだ。真田幸村に仕えることが、あの世界に戻ることが佐助さんの本意だと。そう思うことで離れる決断をして、佐助さんはあちらの世界に戻った。あんな目にあって欲しかったわけじゃない。そうなることが分かっていたらきっと、嫌われてでも引き止めていた。
「助ける方法はないの?」
発した声は、まるでいなりを責め立てるようだった。はっとして、慌ててごめんなさいと謝る。こんなの八つ当たりだ。
『無いこともないが…犠牲が大きすぎる』
「犠牲?どんな?」
『アキは…この世での人生を棄てられるのか?あの猿飛佐助でさえも元の世界を選んだのだぞ。あちらの世にお前を連れていくことは出来るが…あちらのどの時間軸に落ちるかは我も予想がつかぬ。安易にこちらに戻ることも出来ないと思え。更に言えば、無事に猿飛佐助に出会える可能性も低い。あちらは戦乱の世だ。見つける前にあやつが死ぬか、アキが死ぬかもしれない。それでも、お前は行くか?』
挙げられた内容を噛み砕くほど、助けられるという可能性は奇跡に近い。無謀すぎると冷静に思う傍ら、希望があるなら縋りたい願う自分もいて。ここでこうして夢の中で絶望して終わるの?佐助さんの危機を知っていながら、尽くせる手も尽くさずに、見殺しにするの?何が正しい選択なのかわからない。こちらの世界での人生を棄てることすら、迷う。家族や友人の顔が浮かんで今までの人生が思い出される。大切な人たちとこの先の私が歩むはずだった人生…それらを投げ打っても救えるかどうかわからない。保証はない、確証もない。自信だって皆無だ。本当に私にそんなことが出来るの?いなりはそれを含めて冷静に考えろと言っているのだ。
私にできる事なんてたかが知れてる。戦争してるとこに突っ込んで私が生きていられる可能性なんて万に一つもない。だいたい、佐助さんとの時間なんて、たった二ヶ月弱じゃない。わたしの人生のうちのたった2ヶ月弱一緒に居た人のために、この先の何十年かの人生を棒に振る気なの?帰ってこれずにあっちで死んだりしたら、ここまで育ててくれた両親にだって酷い親不孝だ。
……佐助さんのことは、諦めよう。
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『本当にいいのだな』
「うん、もう決めたことだから」
あの夢を見てから7日後。バイトを終えた私は、あの雑木林の祠に立っていた。当たりには霧が立ち込めている。
正論はいくらでも出てきた。真っ当な判断能力があれば、諦めるのが正解だった。けれど、どうやら私はまともな神経をしてないらしい。月が最も近づくのが7日後。満月もそのタイミングで、行くならその時だといなりに言われてからずっと考えた。すっごく言い方悪いけど、7日の間に佐助さんが死んでしまったら、私になす術は無かったのだと納得も出来たかもしれない。
けれど、いなりが私の夢に入り込んで辿ってるうちは佐助さんはまだ生きていた。この7日間、毎日今日が夢で視た日なのではないかと不安になり安堵と共に明日は、その次は、、とさきの日々に怯え続けた。一度戻った記憶はそう簡単に消せない。私の中に佐助さんの記憶があり続ける限り、私はどこにいたって佐助さんのことを考えてしまうんだろう。もう、無かったことには出来ない。
助けたい、あの人のそばにいたい。生きてるあの人に会いたい。もう1度あの声で名前を呼んでほしい。思うことは自分勝手な要求ばかりだ。
私は私のわがままで佐助さんを助けたい。
そうして、私はいなりと共にあちらの世界へ渡ることにした。