鬼のお膝元
告げられた言葉に思わずハァ?と間の抜けた声を上げてしまった。確かに優秀な医者なら例え敵だったとしても味方に欲しいし、神の使いだなんだっていうものをむやみに殺せないだろう。
ていうか巫女?あの神社の巫女さん?病気も妖もって…そもそも医療知識なんて現代の一般常識程度しか持ち合わせていないし。あやかし?ってそんなもの相手に出来るわけが無い。ありありと表情に出ていたのか、いなりが淡々と補足を加える。
『潜在的にアキには能力がある。力の使い方を知らぬだけだ。我も出来うる限り力添えする故、まずは己の力に慣れろ、そして使いこなせ』
本格的なファンタジーが始まりそうな予感だよ…と気が遠くなりつつも、こちらの世界での私の設定とやらをいなりに詰め込まれる。最初にちゃんと決めとかないとボロが出るらしい。決めてたって私多分うまくできないと思うけどなぁ。
不安に駆られていると、豪快に廊下を歩く足音が聞こえてスパンと襖が開いた。入ってきたのは素敵な腹筋…を、備えた銀髪の男性である。
さっき船の上にいた人だ。その後から部下のような人達がずらりと続き、私の周りを囲んで座る。銀髪の人はというと、この広間の上座に迷いなく座るあたり、かなりえらい人なんじゃなかろうか。美しい筋肉の造形に目を奪われつつも、いかんいかんと頭をふってこの状況を上手く乗り切る言葉を考える。まずは信用してもらうこと、そしてあわよくばこの場所の把握と、甲斐への足掛かりを作ること。考えろ…考えろ。下手したらこの場で捕まってゲームオーバーなんてことになりかねない。知らず知らずのうちに冷や汗か背中を伝う。
「名はなんだ」
「…、神代アキと申します」
「そうか。俺は長曾我部元親だ。ところで、あんたは何者だ?俺の見る限り、あんたは突然空中にあらわれて、そのまま海に突っ込んでったように見えたんだけどよ」
「わ、私は…っ、日ノ本を行脚し修行中のしがない巫女にございます。先程は術をしくじった次第でありまして、お恥ずかしいところをお見せしました。こうして厚意を賜りまして、有難く存じます…」
深々と頭を下げてかしこまる。いなりがぼそぼそと耳元で喋るのをそのまま口に出して言ってみたものの。口調に慣れなすぎて我ながら棒読み感がすごい。ちなみに、やっぱりというか、こんなに堂々と私の横に座ってるいなりには誰も目もくれない。誰にも見えてないようだ。うっかりいなりと会話してるとこを見られたら、1発でやばいやつ認定ってわけね、気をつけよう。
「堅苦しい口調はやめていいぜ、俺もその方が気が楽だ」
「す、すみません、ありがとうございます」
「で?術ってことはあんたは方士の類か?」
「いいえ、私は巫女です。生まれつきあやかしが見えるので、対抗するうちいくつか術を覚えました」
「ほぅ、それはいいな」
長曾我部様の目付きが変わる。事前に打合せしといてよかった…!続けざまに何が得意だという質問をされ、医術とあやかし祓いを少々、といなりに言われたとおりの返事をする。
多かれ少なかれ、地位のあるものは恨みを買ってるものだ、といういなりの持論はどうやら的中したらしい。お祓いができると聞いた長曾我部様の顔は、真剣そのもので。一つ頼みがある、働きによっては報酬も考えると言って唐突に運ばれてきたのは1本の簪だった。黒い芯にシンプルな黄色の玉のついた、一見普通の簪だ。物々しくお盆の上に懐紙を乗せて持ってこられたから何かと思ったけど。
「あの、これは…?」
「この簪に、なにか感じねぇか?」
なにか、とはまたアバウトな。ちらと横にお座りするいなりを伺う。いきなり本番だけど、私これどうすればいい?力の使い方とかまだ何も教えてもらってないよ。
内心大慌ての私をよそに、いなりは簪を見つめるとすぅと、目を細めた。
『この簪には呪いがかかっているようだ』
「呪い?」
「やっぱり分かるか嬢ちゃん!」
「えっ、あ、えーと、呪いがかかってるみたい、ですね。はい」
いなりの言葉に思わず声を出してしまった。いなりの見えない長曾我部様からしたら、私が言い当てたように見えるわけで。慌てて取り繕いながらも冷や汗がだらだらである。ダメだ私こういうの向いてないわ。にしても呪いって…そんなオカルトな話題を真剣にする日が来るなんて。一見綺麗な簪なのにこれに呪いをかけるってちょっとたちが悪そうだよね。
『アキ、己が力を貸す。手に取って意識を集中しろ』
「長曾我部様、こちら触ってもいいですか?」
「ああ、勿論だ」
言われたとおりに両手で恐る恐る簪をもつ。目を閉じて深呼吸をする。1回、2回…。回数を重ねる毎に周りの音が遠くなる。自分以外の何かと同調したような感覚。
この感覚には覚えがある。いなりの過去を見た時と同じだ。脳裏を駆け巡る映像には、知らない男女が登場していた。