依頼
話しは澄川さんが来てから二日後の朝に戻る。
美樹ちゃんがおかわりのコーヒーを私と龍之介に入れてくれる。
「お前ここに来たときと性格変わってないか?」
龍之介がこちらを睨む。
「ネコ被ってる必要がなくなったのよ!こんなにきついと思わなかったし。気に食わなければいつでも辞めさせてくれて結構」
「そいつは困る」
即答されると悪い気はしない。
「じゃあ最低限の保証はしてほしいわね。……一昨日みたいなことは勘弁してほしいわ」
龍之介がまたその話しか、といった顔になる。
「あんたはねえ、霊感がないから呑気にしていられるのよ。本当にきっついんだから」
「それもおかしな話しだな」
龍之介の言葉に私は首をかしげた。
「俺の守護霊とやらを見破ったんだ。お前の力は疑ってないよ。でもな、お前この屋敷にいて何も感じないのか?」
「どういうこと?」
「知っていると思うが、この家には俺のコレクションが山のようにある」
「知ってるわよ。上、でしょ」
そう言って私は天井を指差した。恐ろしくて見には行っていないが、三階にコレクションルームがあるらしい。
「そう、だからそういうイワクツキの物がゴロゴロ転がっているような家によく平気でいられるな、と言ってるんだ」
「そりゃあ……」
反論しようと口を開いたところで止まる。……確かにそうなのだ。私が働き始めてからも澄川さんの絵以外でも『本物』の匂いがする物はいくつか見て来たが、来たときは総毛立つ忌々しさを感じていたが龍之介がコレクションルームとやらに運んで行くのを見届けると、パタリ、と気配が消えてしまっていた。
私も一昨日以外は平気で寝泊まりしているから不思議だ。それに今更気が付く自分も神経太い。
龍之介がにやりと笑う。
「それが俺の力だ」
彼曰く、今も強い威圧感を放っている彼の守護霊が悪いものなんかを吹き飛ばしてしまっているらしい。
「あの絵はちと想定外だった。だがもう平気だろう」
「え、何かお祓いでもしたの?」
「昨日一晩、抱いて寝た」
冷や汗が出た。
よくやるな、そんなこと……。よっぽど自分の力に自信があるのだろう。
しかし私も彼の守護霊にビビってる身である。どちらかといえば浄化されたであろう幽霊達の気持ちの方がわかる気がする。
「だからお前は客人が持って来た品が本物かどうかを教えてくれればいい」
「そりゃ私は見えたり感じたりするだけで、払う力も知識もないけど……」
「まあ確かに一昨日のことは悪かった。あの絵ぐらいやばい物がきたらちゃんと言ってくれればいい」
「言えば何とか出来るの?」
「俺が一緒に寝てやる」
龍之介の言葉に、後ろにいる美樹ちゃんが顔を赤らめた。私はというとあまりの提案に照れる気にもなれない。
「あ、あんたさぁ、始めから思ってたんだけどちょっとおかしいわよ」
「他にどうしろって言うんだ?俺だって具体的に何をすればお祓いできるかなんてわからんのだぞ?俺の側にいるのが一番安全なんだ」
けろりという龍之介に反論する気も失せ始める。こうも性格に難があると、良い男に添い寝を誘われてもときめく心も消え失せるから不思議だ。
「あ、あともう一個あったわ」
私が言うと龍之介は顔をしかめた。
「なんだ?」
「今日お休みちょうだい。ここ一ヶ月働き詰めだもん、いいでしょ?」
「まあ、たしかにな。今日は来客の予定もないしかまわん」
「やった!」
私は携帯を手に取る。それを見て龍之介が言った。
「出かけるのか?」
「買い物と友達に報告。ここ紹介、っていうか教えてくれた子に一応近況報告をね」
「かまわんが、俺が連絡したら戻ってこいよ。飛び込みの客があったら困る。それに……澄川望美の件がまだはっきりしていないからな」
私は頬を膨らますとしぶしぶ返事した。
「……わかってるわよ」
「結構楽しそうじゃない。天職だし」
あっけらかんというあずきを睨むと私は言った。
「どこがよ。ここ一ヶ月で今までの人生以上の経験したわよ」
あずきと二人で買い物に行く時は必ず、と言って良い程通うカフェの中。遅めの昼食をとりつつ、私の愚痴を聞いてもらう。
「でも美形の若旦那の趣味のお手伝いなんていいじゃない。給料も良いみたいだし羨ましいわー」
「本気で思ってるの、それ?」
あずきの棒読みな台詞に、思わず私は突っ込んでしまった。
「いや、でも食住が保証されるだけでもニコにとっちゃありがたいじゃない。家賃は滞納、買い物のし過ぎで一週間カップ麺のみなんてやってたあんたには」
親友の正論な気遣いに私はぐっと喉に詰まる。
「しっかしタケちゃんから噂は聞いてたけど桁違いのお金持ちよね。厨房に専属のコックでしょ?毎日大きなお屋敷で豪華なお食事かぁ。いいなぁ〜」
「まぁーね!」
「……その割には痩せたわね、ニコ」
「……まぁーね」
心霊系の体験は幼少時から慣れっことはいえ、この一ヶ月の体験は流石にきついらしい。特に食欲が落ちたりとかはないのだが妙にやつれてきた。やっぱり体力を削られているのだろうか。
「でもちょっと安心したわ。結構良い人っぽいじゃない、大沢さん」
「どこがよ。この間も酷い目にあったんだから」
私は澄川望美の件と、一昨日の霊体験及びに龍之助の鍵施錠事件を説明した。
聞き終えたあずきはポカンとしたのちにやりと笑った。
「案外ニコ、気に入られてるんじゃない?普通そこまでしてくれないと思うけど」
だからそこまでも何も助けてもらってないんだってば。
「ないない、あの人を馬鹿にしきった顔見れば分かるわよ」
「そうかなあ、だっていくらなんでも嫌な相手なら同じ布団には入りたくないじゃん」
同じ……布団とは言ってないけど。
私が反論しようと口を開いた時だった。左腕に振動を感じる。鞄に入れた携帯のバイブだ。
取り出すと見知らぬ番号が表示されている。番号からして固定電話のようだ。少し躊躇したのち決定キーを押す。
「はい」
『そろそろ帰ってこい』
半ば予想済みの声が聞こえてきた。
「龍之助さん?帰ってこいって私まだ用事終わってないんだけど」
私の返事が気に食わないらしく不機嫌な様子が伝わってくる。溜息を隠そうともしない。
『客が来ることになった。一時間後だ。間に合わなかったら減給だからな』
そう言うと電話は一方的に切られる。
「何?どうしたの?」
あずきの質問に私は溜息まじりに答えた。
「暴君上司からのお呼び出しよ」
私の答えにあずきは少し所在無さ気に組んでいた足を下ろし、座り直した。
大沢邸に戻るとチズさんに客間に行くよう言われる。
まだ時間には早いが、どうやらお客とやらが既に来ているようだ。
部屋に入ると龍之介の厳しい顔ともう一人見馴れない顔がある。二十歳前後といった感じの若い男性だ。
「今帰りましたー」
えへらえへらと愛想笑いを浮かべ頭を下げると龍之介が口を開く。
「これが私の秘書。桜井です」
「桜井ニコです」
私は紹介された相手に手を差し出した。
「比留間透です。どうも」
そう名乗ると立ち上がり私の手を握った。
立ってみて気付いたが何かスポーツでもやっていたのか長身になかなか引き締まった身体をしている。
チズさんがお茶を持ってきたのを見て私達は椅子に座る。龍之介は手を合わせると息をついた。
「……さて、今日はどういったお話でしょう?」
比留間さんはさてどう話すか、といった沈黙ののち口を開く。
「あの……こちらは所謂オカルトめいた物を引き取ってくれる、っていうことは知っているんですが、……実は今、この場には持って来てないんです」
そこまで言うとこちらの興味を冷まさないようにか、慌てたように鞄をまさぐる。何かを探り当てると、こちらに差し出した。
「写真は持って来たんです。コレなんですけど」
龍之介が手にした一枚の写真を私も隣から覗きこんだ。
写っているのは一本の薙刀のような物だった。綺麗な房が付いていたり全体的に派手さがある。装飾用か何かだろうか。
「花傘じゃないか」
ぽつりと龍之介が呟く。比留間さんが少し嬉しそうに答える。
「知ってるんですか。そうです。これは『柳恩祭』の時に使う花傘なんですよ」
「かさ?」
私はどうみても傘には見えない物の写真に向かって疑問を口にした。それに比留間さんが答える。
「柳恩祭は死者を悼む祭なんですよ。それゆえに花が関わり深い祭なんです。祭のメインともいえる演目に『花舞』という踊りがあります。それに使うのがその花傘です」
「その薙刀を振ると装飾部分が広がり舞う。それが傘のように円く見えるんで『花傘』だ」
龍之介がそう言いながら身振りを付ける。それを見て比留間さんは再び嬉しそうに声を弾ませた。
「そうです、そんな感じの踊りですよ。いやーよく知ってますね。僕の地元以外じゃあまり知られていないのに」
「いや、……まあ、なかなか興味深い祭だったんでね」
龍之介がそう言うということは、まあ、そういう意味合いがあるってことなんだろう。しかし龍之介の自分の興味を持つものに対する勤勉さには頭が下がる。死者を悼む意味合いを持つ祭は『鎮魂祭』という言葉があるように珍しいものではないし、他に龍之介の心をくすぐる関連話でもあるんだろうか。ま、それはイコール私が関わりたくないことでもあるんだけど。
「そろそろ本題に入らせてもらいますね」
そう言って比留間さんは深く座り直した。
「……先程説明した僕の地元の祭、Y県の祭なんですけど再来週から始まるんです。だから今調度準備に追われてる期間でして」
「花舞の練習もあるんでしょう?あれは確か決まった一族が演じるでしたよね」
龍之介の言葉に比留間さんは頷く。
「はい。幾つかの一族が持ち回りでやります。今年は僕の同級生のうちなんですよ。……で、ですね」
コホン、とややわざとらしく咳をした。
「花舞には必ず花傘が使われます。花傘を管理しているのは花舞をやる家以外の家が代々やっています。具体的に言うと花舞を代々やるのが三軒、花傘を代々管理しているのが二軒……すなわち花傘は二本あります」
そこまで言うと、比留間さんは目をつぶっている龍之介に気付いて話を止めた。龍之介はそれに気付くと手を軽く振り話を促す。
「どうぞ続けて」
「はい。一年に一度の柳恩祭には毎年一軒の花舞担当が村の神社からの通達で決まります。……まあ大体順番通りなんですけどね。ところが花傘はというと何年も二軒のうち一軒の方が管理している物しか使われていないんです」
ここで明らかに龍之介の方から嬉しそうな雰囲気が漂ってくるのがわかった。
「何年と言いましたが何十年、何百年かも知れません。とにかく村にはそのもう一本の花傘を使われているのを見たことがある人は居ません。……僕の祖父は割と高齢なんですが見たことがないそうです。なぜかというと……その使われていない花傘を触った者は必ず呪われるっていう話しなんです」
ぞくり……。私は急に背中が冷たくなるのを感じた。話しの内容が急に怖いものになってきたのもあるが、テーブルに置かれた写真――花傘の写真が急に不気味なオーラを放ってきたからだ。
「信じられる話しじゃないですよね…。でも僕は信じています」
「ほう……なぜです?」
龍之介が薄目を開け尋ねる。
「その使われていない花傘を管理しているのが、僕の家だからです」
「ほう!」
だから……なんでそんな嬉しそうになれるんだっつーの……。
「今までもそんな物が自分の家にあるっていうのは不気味だし……嫌でした。でもまあ、あまり自分には関係のあることではないし気にしていなかったんです。……でも、今度はそうも言っていられなくなったんです」
私だったら何が起きたのか知らないけど、知らんぷりしちゃうけどなあ。とは言える雰囲気ではない為、黙っていることにする。
「祭の準備が始まった先月のことでした。花舞の担当になった僕の同級生――菊川っていうんですけど、彼の家がいつも使われている方の花傘を管理している家に取りに行ったんです。そしたら……花傘は盗まれていたんだそうです。管理している家の方は板垣さんというんですが、盗まれてしまったことには気付いていたけど大事にならないよう隠していたんだそうです。自分たちで探し出して内々で済ませたかったらしいんですが……僕はこの判断は間違っていたと思います」
「自分達で探し出すとは、また馬鹿げたことを。しかし、ということはその板垣家では犯人に心当たりがあったということでしょう?」
「……みたいですね。一族につまはじき者がいたことは村でも有名でしたから。でも花傘は戻らなかった。それが全てです。で、無いものはしょうがない、と僕の家にある花傘にお鉢が廻って来たという訳です」
「なるほどね。実に興味深いですな」
「僕の親父も祖父も、この花傘を持ち出すのに大反対でした。もちろん僕もです。なぜなら花傘は僕の家の中でも誰も開けたことのないような部屋……所謂開かずの間ってやつですね。に仕舞われたままなんですよ。そんな不気味なもの出したらいかにも何か起こりそうじゃないですか。自分で言うのもなんですが、僕自身、結構信心深い方なもんで……」
「よくわかりますよ」
龍之介がニヤリと笑う。彼の場合は信じていて且つ面白がっているわけであるが。
「小さいころから開かずの間の存在は知っていました。興味を持って入ろうとしたこともありましたよ……。でも僕には無理でした。部屋の前まで不気味な雰囲気に覆われていて、とてもじゃないけど扉に手を掛けることすら出来ませんでしたよ」
「ということはこの写真は……?」
龍之介がテーブルの上にあった写真をひらひらと手で振った。
「そうです。それは例の花傘じゃありません。昔、祭りの準備中に撮った盗まれた方の花傘です。こんな話しを頼む方がずうずうしいとはわかっていますが……。一度僕の地元に来てみてもらえませんか?」
「面白そうな話しですが……何を目的に?」
「とにかく見ていただきたいんです。本当に呪われている……というかそういう力があるのかどうか。あるのであれば全力で使用を止めなければいけません。無ければそれに越した事はないですし。あの……そういうことにこちらが詳しいということで伺ったのですが」
比留間さんの言葉に龍之介は私の顔をちらりと見る。
私は『どうせこっちには決定権は無いでしょ』という態度を表明することにした。
「どう思った?」
龍之介が比留間さんの置いて行った花傘の写真を見ながらこちらに問いかけてきた。私は冷めきったお茶を飲み干す。
「どうって……物も無いんじゃよくわかんなかったわ。不気味な話しだなー、ぐらい」
「ふん……。その割にはこの写真に何か感じていたようだが?」
せせら笑うような龍之介の顔に私は眉を寄せる。うーむ……よく見ている奴。
「でもそれって『呪われていない方』でしょ?私が感じたのは話しの怖さに飲まれて錯覚しただけかもしれないし。現に比留間さんが写真を出した時も今も何も感じないもの」
「でも、あの一瞬は何か感じた、と」
鋭い質問に一瞬言葉に詰まる。
「……確かにね。一瞬だけその写真からあんたの『後ろの人』に近い力を感じたのよ」
私がぶっきらぼうに言うと、龍之介は嬉しそうに笑う。
「結構だ。少しでもオカルトの匂いがするなら首を突っ込むしかあるまい。たまには田舎の空気を吸いにいくのもいいものだぞ?」
「行くの!?」
私が思わず声を上げると龍之介はきょとんという顔をした。
「何を驚く?俺が行くと決めたのはお前の力を信用しているという証ではないか」
「あのねー!全然嬉しくないわよ!」
「なぜ?」
綺麗な瞳で真っ直ぐに見つめられ、思わず惹き込まれそうになるが、頭を振って押さえた。
「あんたが行くってことは私も行かなきゃなんないってことでしょ?」
「当たり前だろ。何の為に給料貰ってるんだ」
い、痛いところを突く人だ。
「だーかーらー!嫌なんだって!呪いよ?呪い!怖いじゃない!」
「だーかーら!それを確かめに行くんだ!……まあお前のその嫌がりようにますます興味が沸いた」
その言葉に私は深い溜息をついた。
こうなったら逃げられるとは思えない。ここは開き直って地方の文化に触れる良い機会を楽しんだ方がいいのかもしれない。
「わかったわよ……。行けばいいんでしょ」
「だから始めからお前に拒否権は無い」
……こういうところが無ければ良い人……でもないか。
かくして私と龍之介は奇妙な曰くのある祭を見に、Y県へと出掛けることになった。
「温泉もあるのよねー、あの辺」
「意外と前向きなんだな、お前」
私のウキウキした空気を感じたのか、龍之介が呟いた。楽しみでも見つけなきゃ、やってられないのもあるのだけどね。
「書店に行ってきてくれ」
龍之介の言葉に私は食いつく。
「ガイドブック探しに?」
「馬鹿か、祭の歴史を調べ直すんだよ。後はY県の風習習慣も調べておきたい」
たまには遊ぶことだけ考えればいいのに、と考えたところで思い直す。この人の場合、これが遊びなんだっけか。
- 3 -
*前次#
ページ:
ALICE+