予知2



カカシの家に帰る道中、マイロは無意味に白い息を吐き出しそれを眺めていた。
ナシュカは自分が居なくなって寂しいのだろう。いつも自分の後を着いてきていたナシュカの姿を思い出す。
でもマイロがあの家に戻るということはナシュカが再び愛されない子供に戻ることを意味する。
ナシュカにとって兄は畏怖の対象になってしまった。
「タバコの煙りみたい」
白い息を出しながらマイロは独り呟いた。


「よう、帰ったな」
ポールの言葉にマイロは片手を上げる事で返事する。コートを脱ぐと暖かい湯気が体に吸い付いてくる。
テーブルには茹でたじゃがいもと茹でた塩豚肉が乗っていた。簡素なものだがポールの作る食事の中では一番旨い。
「早く食おうぜ」
ポールの一言で二人はテーブルの料理に手を伸ばした。黙々と食べ続けるポールの様子をマイロはちらりと見てみる。
「あ?なんだよ、また俺の料理に文句つけんのか?」
「いや、もうどうでもいい」
突き放すような言い方だが本当の気持ちだ。家事の経験の無い自分の方が料理が上手いということに気が付いた時は衝撃を受けたが、積極的に自分が作ろうともポールに上達して欲しいとも思わなかった。
静かな室内、マイロはじんわりと温まる体にほっと息をつく。
ポールは何も聞かない。マイロが何処へ行っていたのか。いつも暗い顔で帰ってくる理由も。
マイロがこの家にいる理由はこの不干渉さだった。
マイロもポールが今までどんな人生を送ってきたのか、詳しくは知らない。たまに何かの話題の中で自然に話す内容ぐらいだ。大体が女性問題で大変だった時の話しや、自分がいかにいい加減に生きてきて、それが成功だった自慢だった。
面白い男だと思うが詳しい半生など聞こうとは思わない。二人は何でも屋として今の所上手くやっている。それだけで充分だった。
家族としての愛情を持つことも、過度に憧れを抱く事も無い年上の男。マイロは今の自分には一番合っていると感じていた。
ポールの指先からタバコの煙が立ち上る。マイロは普及を始めたこの紙巻きタバコの匂いがどうも好きになれない。
「牛乳飲む?」
マイロは『一応』ポールに訪ねてみたがポールは案の定、一瞬目を向けただけで首を振った。
「そんなことより、次の仕事どうするよ」
ポールは今まで眉間に皺寄せながら睨んでいた紙をマイロの方へ向けてくる。
夕方あの黒と白の双子が置いて行ったものだ。ポールとマイロに向けた仕事の内容が書かれている。
「……いつも思うんだけどさ、なんであの二人は自分達でやらないの?」
「『ガーディアン』は数が少ねえからな。いいじゃねえか、こうやっておこぼれにありつけるからこそ、俺たち食っていけるんだ」
「だったら『ガーディアン』の数を増やせばいいんじゃない?」
マイロの言葉にポールは肩をすくめる。その仕草は明らかにマイロに向かって『わかってないな』と言っていて、マイロは不快だった。
「お前が善良な一般市民だとして考えてみろ」
マイロは考えなくても善良な一般市民だ、と思ったが黙っていることに決める。
「いきなり国が『ガーディアン』の人数を倍にします、何て言い出したらどう思う?『ああ、この国はそんなに危険なのか』そう思わないか?いきなりじゃなくても、徐々に増えていっても不気味だろ?年々危険が増えていっている状況がモロに数になって目の前に突きつけられるんだぜ?ただでさえこの国の人間は毎日怯えて暮らしてる。何をきっかけにパニックになるかわからないからな」
マイロにもそれはよく分かる。この国、いやこの島では常に絶望が漂っている。隣人が明日いなくなる恐怖よりも、『救いの無い世界』という事実を突き付けられる方が恐いのだ。
「それに俺達みたいな『何でも屋』を目指す馬鹿野郎は途切れることなく出て来る。何でも屋は仕事を失うことなく今日もデーモン退治。バランス取れてるじゃねえか」
ポールが楽しげに声を弾ませるが、マイロは口を尖らせる。
「そうやって、自分だけは真実をわかってるような口調、何とかしろよ」
「俺だけじゃないだろうが。お前だって、真実を知る、一人だ」
念押しするかのようにゆっくりと言われて、マイロは押し黙る。言い負かされた、というよりは目の前の男の演技掛かった言いようにどうでもよくなってしまったからだ。また自分は真実を知っているという自信も無い。



「……内容は、だ」
ポールは仕事内容を書かれた文字そのままに読み上げる。
「かねてより寄せられていた『セント・ウェッジバル地域』におけるデーモンの具現化について、……情報局に問い合わせた結果が到着。ガーディアンたちの懸念通り先月一ヶ月の間にセント・ウェッジバル地域にデーモンが具現化した件数は、前の月のおよそ二倍となっていることが明らかになった。この結果によりガーディアンたちの配備を西により重点を置いたものに変えることが望ましい。また、防衛局局長の許可によって民間の『片付け屋』と呼ばれる者を雇用することも可能。町の護衛に当たらせること。少しでも事件解明に向けて動くような気配があれば、その者は解雇すること」
「何だよ、それ」
マイロは不機嫌をあらわにした。
「『片付け屋』だってさ。『何でも屋』だとか呼び方一つにも色々忙しいね」
「そこはどうでもいいよ。内容のことだよ」
いらいらしたようにマイロは手を振る。
今読み上げたものはあの双子のガーディアンが自分達に配られたレポートをそのまま持ってきたものだ。有りのままを伝えて、それでポール達にどうするか判断させるのがあの二人のやり方だった。
「ん?要するに俺達はセント・ウェッジバルに張り込んで、出現したデーモンを狩っていればいいわけ。ちょっとでも何か探ろうとしたら解雇、……ってなってるけど、最悪投獄とかも考えておいた方がいいな、こりゃ」
「だから、何だよそれ」
マイロはイライラとした様子を隠そうとせずに声を荒げた。
国の西側にあるセント・ウェッジバル地域で最近、やたらとデーモンの具現化が発生していることはこの国の人間なら誰でも知っていることだ。それをわざわざ調査して、実際の件数を出さなければ動かない国の中枢にも腹が立つし、明らかにガーディアン達だけでは人手が足りないので、ポールや自分のような外部の人間に協力を要請している事態だというのにあくまでも上から目線だ。
「大体、原因を突き詰めなきゃ意味ないだろ?それなのになんでそれをやったらクビなんだよ」
「美味しいところは国に仕えてる人間に持って行って貰わなきゃ、お偉いさんに都合悪いんだろ」
ポールの返答にマイロは余計に腹が立ってくる。
「なんだよ、何もかもくだらなすぎる」
マイロは吐き捨てた。
「そう言うなよ、マイロちゃん。世の中そんなくだらないもので成り立ってるのさ」
涼しい顔のポールにマイロは呟いた。
「……ポールって絶対、物語の主人公にはなれないタイプだよな」
「当然!俺は主人公の横にいる二枚目キャラがお似合いなのさ」
それも違うと思う。マイロは目の前にいる世の中を諦めきったような顔の青年を見て思うのだった。
ふいにポールが口笛を吹き始める。正式な曲名なんて無い、けれど誰もが知っている歌。

アヴァロンには神がいない 言う事聞かない人間に 神さま怒ったからさ アヴァロンには食べ物無い デーモンを怖がって 太陽おびえてるからさ

「『昨日はとなりのおじさんが、悪魔に魅入られ死んじゃった』」
ポールの口笛に合わせて、マイロが歌の歌詞を呟いた。
「お、よく知ってるな」
「嫌な歌だよ」
マイロの伏せた目を見て、ポールは苦笑した。


アヴァロンというのは通称名であって、本当はそんな地名は無い。世界のはじっこに位置しているこの島には、なぜか他の国ではあり得ない程頻繁にデーモンが出現する。日差しも少なく、よって作物が育ち難いこの土地を、皮肉を込めてアヴァロン(聖地、天国)と呼んでいるだけだ。
マイロ達が住むのはアヴァロンで唯一のまともな都市、王都ヘッデンシュバルツ。王都というだけあって王室はあるものの、お飾りの国王一家がいるだけになっている。この厳しい土地で国王を崇めたてる余裕のある者などいないし、かといって革命が起こる程の気力が国民に無いのが原因だ。隔絶されたこの世界、他の暖かな地域の人間がどんな暮らしをしているか、知識を持つ者も少ない。知ろうという欲求もデーモンに食い荒らされたように低かった。


自室のベッドで目覚めたマイロは重い瞼をこすると、窓のカーテンを開けた。目覚めの時間<黄金鳥の時>だというのに薄暗い。この国ではいつもの事だが。
いつでも黒い雲に覆われたこの土地では天気のせいで精神を病む者が多い。精神を病むと内面からデーモンに食われる確立が高くなる。食われると、その人間の体を仮宿にしてデーモンが具現化する。異形の姿となった元人間を、町を破壊しようが人に危害が及ぼうが伐とうとすることに躊躇する人間は多い。その罪を代わりにかぶってやるのがガーディアン、そしてポールたちのような『何でも屋』だ。
マイロも何でも屋としての仕事に出かけなければならない。顔を洗うと身支度を始めた。上着を着て長剣をくくり付けるためのたすき型のベルトに腕を通した時、
「用意出来たか?」
ポールが扉から顔を覗かせた。
「あんたまた寝てないだろ」
血走った目に生気のない顔色を見てマイロはポールを咎める。
「寝たよ、……2時間ぐらい。逆にいっぱい寝ると起きれないんだよ」
ポールはそう言って大欠伸をした。いつもこうなのだ。用事のある日は早朝から起きなくてはいけない、というプレッシャーがあるので徹夜に近いことをする。逆に普段は脳みそが溶けてるんじゃないか、と思う程長時間寝るのだ。
「普段から規則正しく生活してればいいだけだろ?隣りで欠伸ばっかりされると嫌なんだよ」
「いや、『あー明日は早く起きなきゃ』って思うと寝れないんだよ。俺って繊細なんだなあ」
「嘘つけ、どうせ女連れ込んでたんだろ?」
マイロから顔の前に人差し指を突きつけられ、ポールはにやりと笑う。
「気づいてた?」
「あんだけ大騒ぎしといてよく言うぜ」
マイロは昨晩から明朝にかけての騒ぎ声を思い出し、舌打ちした。
「あんたの生活に今更文句言いたくない。でも夜中に女性を出歩かせるのはどうかと思う」
この時間に女性の姿が見えないのだから、暗いうちに出て行ったのは確実だ。
「やっさしいなあ、マイロちゃんは」
ポールの言葉にマイロは再び舌打ちする。朝から血圧高くしたくない。マイロは黙って玄関に向かった。寒さと古さから床板がみしみしとうるさい。
玄関扉を壊すような勢いで開け放ち表に出た。
「……うわっ」
マイロは驚きの声を上げると玄関前から飛びのく。
「何か声掛けろよ、お前」
玄関口のすぐ横で壁に体重を預け腕を組むガーディアン。黒の甲冑姿のナディアに非難の声を上げた。
「今から出動か?」
ナディアは眉一つ動かすことなく聞いてくる。そこへ暢気に口笛混じりのポールも出てきた。
「あらら、朝から顔が見られるなんてツイてるね」
「お前がこの時間から出掛けられることを少年に感謝するべきじゃないか?」
ナディアは腰に回されたポールの手を払うことなく言う。嫌じゃないのだろうか、とマイロは思った。
「それはそうと、昨日渡した現場に行くのだろう?」
ナディアの質問にポールは大袈裟に頷く。
「あったり前でしょ?俺らは君達に言われたらすぐに……」
「なら言っておく。レポートにもあったと思うが、決して余計なことはするなよ?」
言われたポールの顔が一瞬、真顔に戻った……ように見えた。が、いつものだらし無い笑顔のままポールが問う。
「それは遠回しの『やれ』って意味?」
「いや、今回ばかりは違う。本当に何もするな、の方の意味だ」
ナディアのきっぱりとした口調にマイロは舌打ちを隠さない。ポールがマイロの頭を抑え付けた。
「大丈夫、俺が押さえ込んどくから。昨日からなーんか革命家気取りなんだよね、うちの子」
ナディアは露骨に顔をしかめるマイロを見遣る。
「……おい少年、お前は家を捨てた気でいるかもしれないが、世間はそう見ていない。お前が何かやったら迷惑をかけるのは誰になるのか、よく考えろよ?」
「……悪人みたいな言い回しするんだな、あんた」
生憎家族には愛情なんてないよ、と言い返したいところだが、やはり何かあったら夢見が悪いことは否定出来ない。
「世の中には悪人と善人しかいないと思っているお前にはそう聞こえるのかもな」
ナディアは無表情のまま言い終えると、腕を呪文を描くように振った。すると、地中から生き物が飛び出してくる。
黒い小型のワイバーン。ナディアの使い魔だ。ワイバーンは何周か上空を飛び回ると降りて大人しくなる。小型とはいえ、降り立つ際に巻き起こる風はカカシの家なら吹き飛ぶんじゃないかと心配になった。
ナディアがワイバーンの背に飛び乗ると、上空に飛び上がって行く。
「じゃあな」
素っ気ない挨拶とともに、あっという間に姿を消すナディアを二人は見送った。
「何が言いたかったんだよ、あいつ」
マイロは曇り空を睨んだ。ポールが苦笑する。
「心配してくれたんでしょ?良い子じゃない」
「おっぱいが大きい女はみんな『良い子』なんだろ?」
言われたポールはちっちっと指を振った。
「おっぱいが大きくて美人だからさ」
神はどうしてこんな奴に力を授けたのだろう、とマイロは灰色の空を眺めながら本気で怨んだ。


セント・ウェッジバルは住宅が多い。だからこそ面倒だな、と建ち並ぶ家々を仰ぎ見てマイロは思った。
だらだら歩いてきたせいでこの地区に入って来た時には日が大分高い位置に移動している。相変わらず薄雲に覆われた頼りない日差しだったが。
普段から国の要所要所でガーディアンの姿を見掛けることはあるが、あのレポートが配られた後だからか、やたらとガーディアン達の綺麗な甲冑が目に入る気がしてしまう。
「おうおう、あんたにしちゃ珍しいね、こんな時間から出てくるなんてさ」
後ろから陽気な声が掛かった事で二人は振り返った。
「アダム」
ポールが銀色の髪の青年を見て軽く手を挙げる。
軽鎧に太ももにはダガー、といった典型的な盗賊のスタイル。マイロはこの青年が少し苦手だった。赤い瞳で睨まれると不気味なところもそうだが、マイロの背景を全て知っているのではないかと思わせる雰囲気があるのだ。盗賊独特の空気なのかもしれない。
「なんだ、あんたまた手ぶらなのかよ」
アダムがポールの格好をじろじろと眺めて言った。
「あんたの事は皆噂してるぜ?手ぶらでひょっこり現れて、魔法を唱えるわけでもないのに怪我一つしないでいつも帰ってくって」
「俺は逃げ足だけは自信があるんだ。……それより何か掴んでるのか?」
ポールは同じ何でも屋でもあり、盗賊ギルドのメンバーでもあるアダムに問いかける。アダムは眉間に皺寄せ姿勢を低くした。
「……あんたらには本音を言うが、どうもつまらん仕事だぜ。たまに下級デーモンが発生する以外は静かなもんよ。来てる奴らもぼんくらの臭いがぷんぷんする輩ばっかりだしよ。話したいとも思わねえ」
ちらり、と背後に視線を移すアダム。マイロもその先を一瞥する。
町を守るというよりは普段は山賊でもやっていそうな柄の悪いグループがこちらを見て薄ら笑いを浮かべていた。
「臭そうだな」
マイロの呟きにアダムは嬉しそうに笑った。
「だろう?マイロも中々何でも屋が板に付いてきたな!」
何故か妙に嬉しそうにアダムはマイロの肩を叩く。
「お前はいつから張ってるんだ?」
ポールが聞くとアダムは指で「3」を示す。
「三日前からさ。何も動きは無いがね。一個だけ分かったのは……」
くいっと親指で通りの向こうを指した。そして出てきたのは聞き返したくなるような言葉。
「ガーディアンの連中が見張ってるのはデーモンの動きなんかじゃない。俺らの動きだ」
「俺ら?」
マイロが聞くとアダムは頷いた。
「俺は盗賊なんてやってるもんだからね、他人の動きは嫌でもわかっちゃうのよ。奴らが神経張り巡らせて見てるのはどう考えても俺ら『何でも屋』の方なんだよね」
「なんだ、ソレ」
マイロは思わず不快を口にした。ならどうして何でも屋を集めたりしてるんだ。マイロたち何でも屋はガーディアンの要請があるから来ているというのに。他の者だってそういう経緯のはずだ。
「ご忠告ありがと。また何か面白いことあったら教えてちょうだい」
ポールが言うとアダムは「こっちもよろしく頼むぜ」と言い通りに消えていった。
ポールがマイロの頭に手を乗せる。
「変なこと考えるなよ」
「……わかってるよ」
マイロはその手を払いのけた。


ポールと分かれ、マイロは住宅に挟まれた通りを歩く。
「何か起きたら呼んでちょうだい」と言いながら渡された手のひらサイズのカードを眺めた。光沢のある素材で出来たそれは角度を変えるとルーンが浮かび上がる。二手に分かれて仕事をする際にはいつも渡されるものだ。ポールが呪文を使っているところは見た事がないが、こういう不思議なものを持っている男だ。
ふと香ってきた匂いにマイロは顔を上げる。花の匂いだ。どこかの庭先に咲いている花だろうか。
歩いていくうちにそれは間違いだとわかった。公園が見えてきたのだ。住宅街の一角にある憩いの場。簡素な門だが向こう端が見えないほどには広い。鍵がそもそも備え付けていない様子の門を見るかぎり、誰でも入れる所なのだろう。マイロは入ってみる事にした。


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