予知4
「奢ってやる、って言って結局ここかよ」
「『銀竜亭』の何が不服なんだい?」
マイロのふて腐れた顔にポールはメニューで風を送る。
カウンター席とテーブル席が揃った酒場兼飯処、薄暗い店内は柄の悪い連中の話し声で溢れていた。マイロ達「何でも屋」が集まる店に成り果ててしまった場所には似つかわしくない雰囲気の店長が、二人に水を持ってくる。
「文句言いつつも通ってくれるなら、満足だよ」
茶の髪を引っ詰め、すらりとした身体に細身の服を着た『銀竜亭』の店長ランスは、コックというよりバーテンダーに見える。
「悪い、そういうつもりじゃなかったんだ」
マイロが謝罪すると、ランスはトレイを振って笑う。「気にするな」と言っているのだろう。
「そうそう、マイロは文句言いつつ此処のアサリパスタが好きなんだ」
「どさくさに紛れて一番安いもの頼もうとするなよ」
ランスがポールの頭をトレイで軽く叩いた。
「そうよお、今日はお仕事して懐温かいんでしょう?」
注目を取りに来た看板娘、イレーヌがテーブル脇にやって来る。
「よお、イレーヌ。相変わらずおっぱい重そうだな」
ポールの言葉にイレーヌは一瞬目を大きくした後、ポールのおでこをぺちん、と叩いた。こういう事を言っても、何と無く許されるのはポールの人徳といっていいのかもしれない。
一通り注文を済ませ、テーブルに自分達だけになるのを確認するとマイロはポールに尋ねる。
「で、アダムの事はどうしたんだよ」
「んー?何か彼、処刑されちゃうかもしれないね」
軽い言い方とは対照的な内容に、マイロは口に含んでいた水を噴き出しそうになった。
「……思ったより濃い内容だな。それで、何やったらそんな処遇になるんだ?」
「嗅ぎ回り過ぎたんでしょ。あの子、盗賊とはこういうもんだ、って気取り過ぎてたからねえ」
「まあ、ね……」
マイロは曖昧に返事することであまり悪いように言うことを避ける。
「何とかしてあげたいけどねー。下手に動くとこっちが危ない。可哀相だけど今回は残念でした、ということで」
「……仲間意識はもう終わりかよ」
マイロも正直同感だったのだが、ここで肯定するのは人としてどうなのだろうと考えてしまった。アダムに仲間意識などポールよりも持っていないマイロだったが、処刑の話しを『残念ね』で済ませる程お気楽ではない。命を粗末にするような、とまで考えてマイロは広場で見た集団を思い出した。
「そうだ、変な団体を見たんだった」
マイロが揃いの赤い上着を着込んだ『反デーモン狩り』を主張する集団を話すと、ポールはふっ、と笑う。
「アンジェラらしいね」
てっきり集団の主張を嘲笑ったのかと思いきや、アンジェラの反応が面白いかったようだ。マイロとしては集団の主張をどう思うのかが聞きたかったのだが。もやもやとした気持ちでいると、ポールが「それより」と口を開く。
「アンジェラと何があったんだよ、ん?」
くだらない質問にマイロは怒りが湧いてくるが、すぐにその気持ちも消え失せた。この男に真面目な議論を持ち掛けようとするのが間違っていたのだ。
自分でも妙に達観しているものだ、と思いつつ、マイロは昼間ポールと別れてからの出来事を順に話し始めることにした。
「へえ、それでアンジェラに気に入られたわけだ」
長々と話した自分の話しに、ポールの最初の一言がこれか、とマイロはがっかりする。
「それしか無いのかよ」
「あるよ。俺もそんなかっこいい能力欲しかったなー、とか、なんでマイロにはそういうおいしい場面が来るのかなー、とか、クロスボウとはいえアンジェラの装甲ぶち破る相手ってやばくね?とか」
最後の言葉に思わずマイロは立ち上がった。
「あ……」
気まずく周りを見渡すと、ポールに手で座れ、と示される。
「……アンジェラに伝えてくるよ、俺」
彼女達ガーディアンの装備は特殊なもので、よく何でも屋の中でも質の悪い連中が「あんな装備があったら誰でも強くなれる」と嫌味を言うような代物だ。それを貫通させる矢。マイロは自らの見た予知のイメージが脳裏に横切る。
「大丈夫、大丈夫。端からわかってるよ、彼女は」
ポールは食べ終えた皿を重ねながらにやりと笑った。
「それより可愛らしいお嬢さんに会った時の話しの方が興味あるね、俺は」
「フリュカのこと?」
マイロは少女の揺れる金髪を思い出した。
「そのお嬢さんにも大いに関心があるが、今一番気になるのは……デーモン化したっていうメイドさんの方かな」
「ポールが興味持つような人じゃなかったけど……」
初老に差し掛かったといってもいい年代の女中はいくらなんでも、とマイロが眉をひそめたところでポールが手を振る。
「まあ色っぽい話しは一先ず置いておけ。話し聞く限りじゃそのメイドさん、今の今まで働いてたみたいじゃねえか。メイドの仕事っていうのは意外と忙しいもんなんだよ。精神虚弱の状態できびきび働けるもんじゃない」
「……何が言いたいの?」
マイロはポールに話しの続きを促すと、水を飲み干す。
「厳しい状況になってきたね、ってことだよ。ちょっとした疲労程度でもデーモンに喰われる。そんな状況になっているんだとすれば、これから爆発的にデーモンが増えるかもしれないぜ」
ポールは飲み終えた黒ビールのグラスを名残惜しそうに見る。マイロはそれを見て、
「帰るか」
そう言うと立ち上がった。
「帰る?仕事はこれからだぜ」
ポールの言葉にマイロが口を開きかけた時、店の外が騒がしくなる。
悲鳴と獣の咆哮、そして破壊音。
「ほれ、おいでなすった。夜の方が奴らの活動時間だ」
ポールが言い終える前に、マイロはいち早く店の外へ駆け出した。他の何でも屋の人間達も後に続く。扉を開け放つとすぐに血の臭いが鼻についた。
「おいおい、まじかよ」
マイロの後ろにいた大振りの剣を担いだ剣士が呻き声をあげる。銀竜亭の前の大通り、目に飛び込むのは逃げる人々と十数匹のデーモン達。数の多さにマイロも思わず息を飲んだ。
「随分出たもんだねえ、ほらほら、行った行った!」
ポールが手を叩くと我に返ったように何でも屋達は走り出す。マイロも腰の剣を引き抜いた。
「あんた寝てないんだろ?大丈夫かよ」
「じゃあマイロに任せようかな」
横から放たれた光の攻撃に、二人は同時に跳んだ。帯状の光のうねりが銀竜亭の壁を削いでいく。
「ハイデーモンだ!」
マイロは舌打ちした。口から吐き出されるブレスはレッサーデーモンには無い能力だ。ここにいる全部がハイデーモンでは無いだろうが、相手が自分を選んだことにマイロは神を恨んだ。もちろんいつまでも手を出そうとしない自分の相棒にも。
周りで剣を振るう何でも屋達の意識が、何と無くポールに注がれているのがわかる。マイロはアダムの言葉を思い出した。
「『あいつ』まだ人前に出るの嫌だ、とか言ってるのかよ!?」
デーモンからの鈎爪を避けながらマイロは怒鳴る。ポールからの「んーそうみたい」という暢気な返事にイライラし始めたマイロは再び怒鳴り返した。
「ちゃんと教育しろよ!あんたのだろ!」
「マイロだっていつもの武器、持って来てないじゃない」
ポールは帽子を押さえながらデーモンから逃げ回っている。
「俺は家に置いて来たんだよ!」
こんな事になるなら持ってくるべきだった。避けたデーモンの腕が民家の壁をえぐるのを見ながら、マイロはもう一つの相棒の姿を思い浮かべる。
「苦戦してるみたいね」
上から声がしたかと思えば、肉を引き裂く鈍い音を立ててデーモンの体が傾いた。肩から胸にかけて引き裂かれている。そこから生えるのは黒い刃。
耳をデーモンの吠える声がかき乱す。ぐらり、とデーモンが膝をつき、後ろから金色の髪が覗いた。
「アンジェラ!」 マイロは思わず名前を呼ぶ。アンジェラの後ろでは既にナディアがレッサーデーモンの一匹を葬り去っていた。ナディアが持つ白い大振りのソードに、空へと消える寸前のデーモンの粒子が漂っている。
アンジェラは黙って黒いシミターを構え直す。マイロは役に立つのか不安な自分のロングソードを握りしめ、呪文を唱え始めた。アンジェラは接近型だ。呪文を放つ隙があるか分からないが、何もしないよりはいい。
小山程ありそうなデーモンの巨体が不自然に動く。切断された身体が外れないようにしているようだ。早くも修復の為に不気味な触手が無数、傷口に纏わり付いている。
再生能力が高いのもハイデーモンの特徴だ。その力は常人の戦士ならば剣を振るう早さを軽く上回れてしまう。大技で力押しするか、スピードで上回るしかない。
一撃を受けたせいかデーモンの標的はアンジェラに移っていた。しかしデーモンを狩ることを専門としているガーディアンの彼女の動きは流石だ。ハイデーモンにも臆すことなく突っ込んでいく。
マイロはじりじりとデーモンを追い込んでいくアンジェラを見ながら、完成した呪文を放つ機会を伺っていた。今放てばアンジェラも巻き込んでしまう。どうするか……、と考えていると視界の隅に何かが横切る。
ポールの放った小石だ。デーモンの赤く光る瞳目掛けて飛んだそれは、デーモンの手の平に軽く叩き落とされた。が、その一瞬の隙をアンジェラが見逃すはずがない。
きん、という鋼の弾ける音。マイロの目にアンジェラの敵を討つ美しいシルエットが焼き付いた。
「うおっと!」
飛んできたデーモンの首を、ポールが慌てて避ける。マイロは呪文を中断させると息をついた。いつの間にか集まっていたガーディアン達によって、あらかたのデーモンは倒されていたからだ。
「ありがとう」
アンジェラが無表情で言うと、ポールは大袈裟な身振りを添えて「いえいえ」と返した。
「……ありがとう」
マイロはアンジェラに向けて小声で呟く。アンジェラはマイロの顔をじっと見た後、にこりと微笑んだ。
「さっきのお礼よ」
「『予知』のこと?……そんなの大した事じゃない」
マイロは「今の戦いに比べたら」という言葉を引っ込める。ポールがこちらを睨んでいるのに気が付いたからだ。
「何が言いたいんだよ」
マイロはポールに近寄ると脛を蹴飛ばす。
「マイロの天然なモテオーラに嫉妬してるんだよ」
ポールの舌打ち混じりの言葉にマイロは反論しようと息を吸い込んだ。その時、
「おい、そこの背高のっぽ」
後ろからの無躾な声。マイロは自分のことではないと分かりながらも、ポールの動きにつられて振り向く。
「お前、そう、お前だ。ちょっと来て貰おうか」
近付いてくるのは銀のプレートアーマーに身を包んだ男。胸に刻まれた紋章を見るにガーディアンらしい。顎の太さといい鋭い目つきといい、横柄そうな男にマイロはポールと顔を見合わせた。
「何の御用でしょう?」
ポールは帽子を取りつつ、男に微笑んだ。その手を男は憮然とした顔で引っ叩く。マイロはむっとして眉をしかめるが、ポールは苦笑するだけだった。
「何ニヤニヤしてやがる。『御用』じゃねえよ。今からお前をしょっ引くっつってるんだよ」
「なっ……!」
男の言葉にマイロは思わず身を乗り出す。それを制したのはアンジェラだった。
隣ではポールに掴み掛かろうとしている男の手を、ナディアが振り払っている。
「罪状は?」
ナディアの冷たい眼差しに男は一瞬気圧されたように後ろへ退いた。が、すぐににやり、と笑う。
「お前ら双子はこの男と出来てるらしいからなあ、知らされてないんだよ。こいつは今日、国家反逆罪で捕まった男をコソコソと嗅ぎ回ってやがった」
「アダムの件だって言い掛かりじゃないかよ」
マイロが食ってかかると男は面白くなさそうに目を細めた。
「なんだ?餓鬼が。お前も連行してやってもいいんだぞ」
「待ちなさい、この子は……」
アンジェラの言葉に被せるように男は話しを続ける。
「お前、あのウィンチェスター家のお坊ちゃんらしいな。家に帰してやっても……」
「ぶあっくしょっ!」
ポールの大きなくしゃみが鳴り響く。余りにも場違いな声にマイロは沸き上がった血の気が一旦退いていくのを感じた。男が舌打ちするとポールは肩を竦める。
「悪いね、冷えには弱いんだ」
「……残念だがお前には冷たい牢獄が待っているだけさ。おい」
男の一声に周りにいた衛兵二人がやって来る。ポールを両脇から抱えると、そのまま歩き出した。
ポールがちらりとマイロを見る。
「部屋、片付けといてくれ」
「……ふざけんな」
マイロは悪態つきながらもポールの言葉の意味は「すぐに帰る」だと理解した。この男のことだ。あまり心配はいらないはずだ。
双子の二人も同意見なのか少し眉を寄せただけで、それ以上追及することは止めたようだ。アンジェラがマイロに囁いた。
「……あとで家に行くわ」
去り際のポールの肩がぴくりと動く。こんな時までそんな反応を見せる男に呆れつつマイロは小声で返した。
「あんた達、ガーディアンの中でどういう立場なわけ?大丈夫なのかよ、その……」
ポールではなく君達が心配なんだ、と言おうとしたが偉そうな言い方か、とマイロは口ごもる。その時、ナディアに肩を叩かれた。
「お前は心配しなくていい。ただいつでも出掛けられる準備はしておけ」
どういう意味か尋ねようとしたが、ナディアとアンジェラは黙って立ち去ってしまう。マイロは溜息をつきながら出した右手を引っ込めた。
「おいおい、ポールまで捕まっちまったのかよ。やってらんねえ」
隣にいた何でも屋の男が舌打ちする。
「こんな状況で『手伝え』とは随分な態度だよなあ。明日はきっと、相当人数減ってるだろうな」
他の何でも屋達も不満を口にしだした。
「今までだってデーモンは出現していたんだ。何をピリピリとしてるのかね?お偉いさん方は……。逆にびびっちまうよ」
皆考えることは同じか。マイロは再び大きな溜息をついた。
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