「謁見のお許し、ありがとうございます。できることならば、次こそはもう少しお手柔らかにお願いいたします」
「これでも十分、丁寧な応対を心掛けているよ」
「此度も危うく貴方の部下に斬り伏せられるところでしたが」
「熱心な子だろう?」
「……目暗の間違いでは」
「その言葉、彼の前では言わない方が賢明だろうね。まあ、御託はいいさ。早速始めよう」
「では」
筆を取り出し机に紙を広げる体の線の細い男の前に、私は腰を下ろし居住まいを正す。
私が話すことを黙々と書き留める彼は、豊臣の右腕と名高い軍師、竹中半兵衛である。
時折、虫食いのある記憶に言葉を詰まらせる私に、彼は実に巧妙に口車を回して私から言葉を引き出し紡がせた。
私が何度となく死と生を繰り返していることを、この儚い佳人は遠い昔に見破っている。
それが何故なのか、どういう理屈なのか私には解りかねるが、彼はそんな私に一つの利用価値を見出した。
それは、私が見てきた無数の歴史の末を知ることである。
とはいえ、私も馬鹿ではない。
もしこの数年後に起こり得るであろう、織田の崩壊や豊臣の滅亡、日の本を東西に二分する戦の行方などを口から滑らせてしまえば、今いるこの先がどうなってしまうか考えるだけで恐ろしい。それに関しては、賢いこの男もよくよくわかっているらしかった。
とどのつまり、彼もまた探しているのだ。少しでも長く生き長らえて、太閤とともに在る己を。そのための方法、可能性を。
「……纏めると、君はまた志半ばで死んでしまったということか」
竹中は一段落ついたところで筆を置いた。
つまらなさそうな顔はやめてもらいたい、私だって面白くないのだから。
「『前回』はなかなかしぶとく生きたようなのにね」
「……無為に生きたところで、何も掴めねば意味がありませんので」
「その通りだよ、全く。……そして僕もまた、同じか」
どちらともなく溜め息をつく。
前回の竹中は、戦に敗れた豊臣を立て直そうと凶王が刀を手に取る前に、病床で静かに息を引き取った。
私が死ぬ、ほんの二年前かそこらの出来事だったように記憶している。
自身の夢半ばで命を落とした者同士、と彼はいうけれども、私は竹中の言葉に頷けなかった。私如きが頷いてはいけない、何せ私は自分がどうしてこうなっているのか、ちっともその理由を思い出せないのだから。
「貴方様は、ご自身のお役目をしっかりと理解された上で果たされてらっしゃいます。私とは違います」
「……そうだね。でも君の場合、そうやって繰り返すことが役目のように考えられなくもないんじゃないかな? それに、毎度戻ってくる近江の地にも何か由縁がありそうだ。いつも坂本城のそばなんだろう?」
仮面越しの瞳が探るように視線を寄越した。それはその通りなので頷く。頷くが、由縁などどうしてあの地で探せようか。私は過去の惨状を思い出しながら、わざとらしく訊ねた。
「戻ってきた後に、明智様にお会いした後の私の顛末は?」
「九割九分、首を跳ねられて死んでいたね。稀に、首が繋がったまま死んだのだったかな?」
「そうです」
「彼にも困ったものだね」
やれやれと頭を振る竹中は、後々明智に関わる可能性は大いにあるというのに完全に他人事である。
私としてはちっとも面白くない苦い記憶だった。あの男はてんで滅茶苦茶なのだ。戻ってきた後に顔を合わせたが最後、何度呼吸のついでに殺されたか私はもう数えるのをやめてしまった程度には殺されている。他の場所で会うときはまだ、そこまで殺されることはないのに。
お蔭で私は未だにあの再開の地から手掛かりを何も探せずにいる。
「一度だけでも、上手く欺いて探してみることをすすめるよ」
「では、『次』覚えていたならば」
「初めからやる気がないのは感心しないな、円拝君」
窘められてしまったが、やりたくないものはやりたくないのである。戻ってきたときのあの気分の悪さはなかなか伝わらないか、とにもかくにも疲れきって満身創痍なのだから。
「それにしても、烏城で意識が途絶えるだなんて君にしては珍しいね」
「……」
「あそこに君を落としに掛かるほどの度胸がある者がいるとは、到底考えられないのだが」
「ええ……今はおりません」
「とすると、どこかからか引き抜いたかな」
「いいえ。今はまだ、生まれてもいないのです」
竹中が怪訝な表情を浮かべる。
私はあの怪僧について話す気はなかった。
死んだ記憶が不確かなので断定はできないが、私が烏城で意識を失いそのまま戻ってきたことだけは確かなことで、もしそのきっかけがあるとすれば考えられるのはあの男以外にありえない。
死神の生まれ変わりの、あの白い男。
でも、だとすれば一体何故か。少なくとも、私とあの怪僧には何の縁もないのに。ないはずなのに。
私は思考を打ち切った。ここで考えても今考えても、詮無き話である。答えを知っている僧は今はまだ存在してもいないのだから。
「とにかく、これで私の話は終わりましたので、そろそろお暇させて戴きとうございます」
「もう行くのかい? 一晩くらいは僕が口利きしてあげてもいいのに」
「謹んで辞退いたします。以前、それで夜更けに左腕殿に斬り伏せられましたので」
「それもそうだったね。では、見送りくらいはさせてもらおう」
「ありがたく」
部屋を出ると、当然のように件の左腕が外で控えていた。
竹中が手を差し伸べると、彼は喜色満面といった様子でますます頭を垂れた。熱心なことである。今はまだある種の可愛らしささえあるのが、いずれはあの凶王にまでなるのだから、人生何が起こるかわかったものではない。
竹中が手綱を持つ間の石田は、極めて安全である。私が城を出るまでの間、彼は従順でよく躾られた番犬のように私と竹中の後をついて歩く。
問題はいつだって、竹中から離れて城の外に出てからなのだ。
「半兵衛様の手前、抜きはしなかったが……この豊臣の地で無礼を働いた暁には、貴様はこの私が残滅する」
そんなことをのたまって刀に手を掛けたまま恐ろしい顔で後ろをついてくるのだから、私はいつもここから帰るとき生きた心地がしない。
ちなみにここで迂闊に返事をすると、何かが彼の琴線に触れて即死になる。どこかの死神とは違っていたぶることがないだけましだが、それでも嫌なものは嫌だ。
「おい、返事をしろ! そして誓え! 半兵衛様のご友人であるのならば、決して半兵衛様を、豊臣を裏切らぬと今ここで私に誓えッ!!」
「ひっ」
いつ何時も一瞬で背後から前に回り込んで刀を向けてくる身のこなしは、さすがとしか言いようがない。
私はそのあまりの剣幕に、毎度わかっていながらもたまらず尻餅をついた。
切れ長の眼光鋭い吊り目は今から既に曇りが見えている。まったく恐ろしい人である。私が今ここで誓いなど立てたところで、どうせ後々どこにも組しない私を気に入らないといって殺すのに。
向けられた白刃がきらりと光を反射する。
「誓え! 尼入道」
「……それで貴方様が満足するのならば、いくらでも誓いましょう」
「絶対だ。裏切りは、許さない」
「はい、はい」
「……ッ、ふざけているのか貴様ァアッ!!」
「おっと、これは失礼いたしました」
狂犬に吠え立てられるように、私は命からがらそこを後にした。
大坂にて
歩きながら、果たして今度の竹中はどれくらい保つだろうかと考えて、不謹慎だと思い止めた。
それより自分の心配をした方が良さそうだ。とりあえず、飛騨を目指して進むことにした。
(2017 05/06)【
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