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肌寒い季節。私は浮かれた気持ちで楽園に向かっていた。手先がかじかんできた頃に店にたどり着き、外から一騎くんが居る事を確認してから勢いをつけて扉を開く。
「やっほ一騎くん!・・・・・あーあったかい。生き返るね」
「なんだよ名前、そんなに急いで」
驚いた顔でエプロンを外す一騎。私は笑って誤魔化し、コートを脱いでカウンターの席に座る。
一騎くんはさむがっていた私に気を利かせてコーヒーを淹れてくれた。遠慮なくそれを口に含むと、冷えたからだが少しずつ温まってきたように思える。
「それで、何か用か?」
「そうだった・・・・!はいコレ」
「ん?」
私は手に持っていた小さなタッパーを一騎くんに手渡す。一騎くんは一瞬疑問に感じたようであったが、今日が何の日かを思い出したらしく綺麗に微笑んだ。
「今日はバレンタインだったな。名前からもらえるなんて思っていなかったから嬉しいよ」
「一騎くnみたいに上手くないから、味は保証できないよ。あと、タッパーでごめん」
「気にしないさ。開けていいか?」
「ほんとに期待しないでね」
一騎は私の隣に腰を下ろし、丁寧にタッパーの蓋を開け、中を覗いた。ガナッシュっていうチョコレートらしいよ、と彼に告げると初めて聞いたみたいで興味津々にそのチョコを眺めていた。
一騎くんと私は恋人に近い友人で、仲は良い。私は一騎くんが超のつくほど好きで愛してるが、彼は私を愛してくれていない。好いてはくれているし、大事にもしてくれているのはわかるが、彼の一番は私ではない。
私は彼からの見返りは求めておらず、ただ好きでいることを許してほしいと数年前に泣きながら告白したのは良い思い出だ。
そこから数年、近しい友人として彼の傍に居続けている。
今日はバレンタインだったなあ、と管制室で呟いたらその場にいた人たちが口々に一騎くんにチョコをあげたほうがいいと言うため、今年初めてチョコを用意したのだ。
用意するならば手作りがいいと思い、真矢ちゃんやカノンちゃんに聞いて作ってみた。アーカイブで見たものとは少し見栄えが違うけど、比較的きれいな形をしたものを選んだため見た目はしっかりしている。と、思いたい。
まあ、味と言うものは個人で差があり、また手作りは初めてで、この味がそのものの味なのか分からない。そもそもチョコレート類をあまり食べない私である。
ドキドキした気持ちで一騎を見る。
一騎は綺麗だな、なんて呟いてから一粒手に取りゆっくりと口に運んだ。
「どう?」
「結構甘いな」
「まあ、チョコレートだし」
「でも美味しいよ。ありがとう」
一騎くんはそう言いながらもう一粒口にした。
まずくなくてよかった、と安心してコーヒーを一口飲む。
カップをテーブルに置いたとき、一騎が不意に私の顔を見つめてきた。なんだろうと首を傾げた時、一騎くんがにやりと笑みを浮かべ、私の手を取ると顔を覗き込むようにしてキスをしてくる。
「ちょっ、・・・ん」
一度離れた唇。なんで、と声に出そうと口を開くが間髪入れずに重なる唇。割って口内に入ってくる舌に驚き、離れようとするがいつの間にか後頭部に一騎くんの手が回っており、逆に深くなっていく。
味わうように舌を絡める一騎。時々強く吸われ、力が抜けていく。
甘い香りと舌に絡むチョコレートに頭がくらくらする。息が続かない、と思った時にやっと解放され、肩で息をする。
「な、にするの・・・なんで、キスしたの!?」
「俺もちゃんと名前と向き合いたいなって・・・・あと、名前がかわいかったから」
一騎は今までごめん、と呟いて握っていた私の手に指を絡める。
じっと見つめてくる一騎くんの瞳に自分の体温が上がっていくように感じた。
「大丈夫名前。俺も、ちゃんと名前が好きだよ」
優しく伝えてくる一騎くん。その言葉に涙が出そうになる。零れ落ちそうになる涙を、一騎くんがそっとすくい上げた。
「ちがう、違うの。私、一騎くんにそう言ってもらいたいわけじゃないの。ただ、好きでいさせて欲しいだけで」
「好きだよ。ひたむきで謙虚でそれでいて天邪鬼な名前が好きだよ」
涙が頬を伝い、顔に熱が集まる。嬉しい。ただただ嬉しい。
涙を流し始めた私をみて一騎くんは、泣き虫だなと困ったように笑う。
「ほんと?ほんとにほんとにほんと?」
「ほんとだよ。正直なところ前々から他の人には知られていたんだ・・・・・最近、遠見や総士からその、強く言われて」
「・・・・なんて言われたの?」
「それは内緒」
一騎くんはそう言ってもう一度私に触れるだけのキスをする。
なんか誤魔化されたように思えるけど、幸せだからいいかなと彼を受け入れる。後で真矢ちゃんに聞けばいいだけの話だから。
「店を閉めるまでいてくれるか?」
「うん。いいよ、時間あるし」
「じゃあ、閉めたあとはデートだな」
「え、いいの!?」
彼の言葉に頬が緩む。二人で散歩や帰宅をしたことがあるが、すべて“偶々”なのだ。“デート”は初めてだから、すごく嬉しい。
嬉しがる私ををみて彼も楽しそうに微笑み、少しだけ待っててなとすごく優しい声をだす。
私は一騎くんとのデートを楽しみに、冷めきったコーヒーを飲みほした。
2016.0214
2022.0708 加筆修正
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