禁断の色香 03
「手紙ダ!今スグ受ケ取レ!」
鎹鴉の声で目が覚めた。
髪の毛をツンツンと食べるように突くので嫌でも起きるしかなかった。
脚に括り付けてある手紙を取ると、そこには達筆な字で風柱の名前が書かれており、その名を目にした瞬間に胸が早鐘を打ち始めた。
苦味を感じた後からの記憶がゆき乃にはなかった。
あの出来事さえも、夢だったのではないかと思う程に微かな記憶しかない。
だけど、こうしてゆき乃の元へ手紙が届けられた事があの出来事が夢ではない事を指し示している。
そこには、風柱邸へ来るようにと書かれていた。
これは一体どういう事なのだろうか。
あの場の勢いであんな事をしてしまったから、咎められるのだろうか。
柱でもある彼の……。
「こ、殺されちゃう?!どうしよう!」
「ハヤク仕度シロ!急ゲー!!」
「はひ!」
慌てて起き上がり隊服に袖を通す。
いつ任務に呼ばれても言いように、ベルトに刀を通し、急いで鴉の後を追った。
邸に呼ぶなんてよっぽどの事だろう。
咎められるだろうとは思って覚悟はしているが、それでもまた風柱に会えると思うと、自然と頬が緩くなった。
◇
鴉が門の処に止まり、そこが風柱邸だと知らせた。
そこで手ぶらで来てしまった事を思い出し、門を潜るのに無礼に当たるのではと、踵を返し来た道を戻ろうとした。
「オイ、何処へ行く気だァ」
背後から聞こえた声に、心臓が跳ね上がる。
恐る恐る振り返ると、門に寄りかかって立っている風柱が眉間に皺を寄せていた。
「も、申し訳ありません!!急いで来ることばかり考えていて、手土産を忘れました!」
「ハァ……馬鹿かテメェは。そんなもん必要ねェ」
「そう、なのですか?」
「いいから入れェ」
「え?入っても良いのですか?そもそも何故…」
「何故、だとォォ?!」
風柱の顔色が変わり額に青筋が立ったので、慌てて頭を下げて謝罪した。
頭を下げる前に風柱の腕が伸びたので、殴られる覚悟で目を閉じ歯を食いしばっていた。
だけど痛みはなく、むしろ手首を掴まれ、「まったくお前はァ」と呆れたような声を出しながら腕を引っ張り歩き進んでいく。
どうやら、怒ってはいないらしい。
分かりにくい人だ。
廊下を通り、奥の部屋へと案内される。
柱の家に上がれる事など人生でないと思っていたので、その広さに愕然とした。
でも優遇されるだけの存在なのだ、彼等は。
あの戦いでも、その凄さは身を持って知っていた。
そこまで歳も離れていないのに。
「オイ」
「は、はい!」
「そこに座って待ってろォ」
それだけ言うと、風柱は何処かへ行ってしまった。
部屋を見渡してもだだっ広い畳の間があるだけで、彼の指すそこというのが何処か分からない。
これを間違えたら、命は無いかもしれない。
悩んだ挙げ句、入口から一番遠い部屋の隅に正座をして待っていた。
それなのに、戻ってきた風柱は溜め息も漏らし、「ふざけてんのかテメェはァ!」と怒声を浴びせた。
至って真剣なのに、理不尽。
だけど、手に持っていたのは甘味のおはぎと抹茶で、それを差し出してくれる。
全然話が見えず、これもなにかの罠なのか、血鬼術なのかとさえ疑ってしまう。
出されたはいいけど、柱の前で簡単に手を付けられる筈も無く、正座をしたまま待っていると、「俺が出したものは食えねェってのかァ」と脅しが入ったので、急いでおはぎと抹茶を頂戴した。
「お、美味しい!美味しいです!」
「そォかよ」
「あー抹茶と合う!最高……ってすみません、甘味が久々だったので、つい」
顔を赤くし口いっぱいに頬張りながら謝るも、目の前の風柱はあぐらをかいて頬杖を付きながら、「構わねェよ」と静かな声で言った。
それからゆき乃を見つめ、だけど直ぐに逸したその表情は、何だか胸を掴まれるような、くすぐったい顔をしていた。
風柱が口を開いたのは、ゆき乃が抹茶を飲み終えた後だった。
「この前の事だけどよォ」
「はい!」
「その…なんだァ……悪かった」
バツが悪そうな顔をした風柱が、そう言って頭を下げた。
え、柱が頭下げてる?!何この状況!
慌てて近寄り顔を上げるように言うも、「お前にあんな事させちまって…」と続けたので、風柱よりも更に低く頭を下げて土下座をした。
「謝るのは私です!風柱様を助けたい一心で、離れろと言われたにも関わらず、」
「オイ、」
「風柱様の、その……大事なものに触って、いや触るだけでなく口に、」
「オイ、やめろォォ!」
顔を上げた先には、顔を真っ赤にしてそっぽ向く風柱がいた。
あの時とはまた違う、でも同じ色香をした表情だった。