温かな息吹 肆



 肌が触れ合う音と粘着質な水音が混ざり合い、二人の吐息が部屋の空気を艶やかにしていく。
 余裕がないと言った実弥は何とか理性を働かせていたが、ゆき乃の奥を突く度に、声を聞く度に、思考が奪われ何も考えられなくなっていった。
 女の体は初めてではない。
 だが、こんなにも心を満たし、次々と欲が溢れてくる感覚は初めてだった。
 何度も唇を重ねて、舌を絡める。
 体に触れ、舌を這わせ、熱い奥へと律動を繰り返していけば、ゆき乃の漏らす官能的な声に実弥の快楽も昇りつめていきそうだった。


「あッ、あぁッ! 実弥ぃ……ハァ、ああッ!」
「…ック、ゆき乃…ゆき乃ッ…ハァ…」
「あッ、あッ、そこ……ダメッ……ああぁッッ!」


 ゆき乃が達した刺激により、すぐに実弥は低く掠れた声と吐息を漏らし、ゆき乃の腹部へと欲を吐き出した。
 肩で息を繰り返すゆき乃は、「キス、して」と実弥を求め、手を伸ばした。
 実弥はキスという言葉が分からなかったが、唇を少し開け瞼を閉じたゆき乃の表情に、何を意味するのかを悟り、その手を取り、まだ艷やかな唇を啄むように塞いだ。
 口付けから伝わる鼓動が、二人を甘く包み込んでいった。







 ゆき乃は鼻を掠めた匂いに重たい瞼を開けた。
 起き上がった拍子に、肩からスルリと着物が開け落ちた。
 恐らく実弥の寝間着であろう着物を着せられていたのだが、寝ている間に見事に脱げていた。
 それを適当に着直し、起き上がって台所へと向かう。
 痛みはないものの腰と下半身が重たい。
 それもそのはずで、あの後ゆき乃は湯浴みへ連れてってくれた実弥にまたその場で抱かれ、寝室へと戻ってからもまた抱き尽くされ、果てるように眠りについたのだ。
 おはよう、と朝食の仕度をしていた実弥に声を掛けると、振り返った実弥は口を開きかけ、その目を見開いた。


「テメェ…なんて格好してんだァ」
「んー?」


 目を擦りながら視線を落としたゆき乃は、漸くそこで自分がちゃんと着物を着れていない事に気がついた。
 胸元は開け、脚も太腿が大きく出ている。
 実弥の着物なので、廊下にダラリの余った布が投げ出されている状態だった。
 実弥が近づき着物を直しながら、「まだ足りねェのかよォ」と悪戯にゆき乃の耳元で囁いた。


「誘ってんなら乗るぞォ」
「もう、体が無理でございます…」
「痛みはねェのか?」


 頭に手を置き覗き込むようにゆき乃の顔を見る実弥に、胸がギュッと締め付けられた。
 肌を重ねた事により、以前にも増して実弥への愛おしさが募っていた。
 だがそれは実弥も同じで、本当なら今すぐにでもゆき乃を抱きしめたい程だった。
 こんな朝を迎えられる日が来るなど、幸せすぎて怖いとさえ思った。
 うん、と答えたゆき乃は実弥の服を遠慮がちに掴むと上目で彼を見つめた。


「実弥…って、呼んでもいい?」
「昨日散々呼んでただろォ…好きに呼べ」
「じゃあ実弥…おはようのチューして」
「ハァ?」


 意味が分からない、と言わんばかりの実弥に、ゆき乃は彼の肩に手を置き背伸びをしてその頬に口付けた。
 不意な口付けに赤くなりながらも、「ほォ?それがチューかよ」と今度は実弥がゆき乃の頭に手を回し、唇を重ねた。
 触れ合うだけで熱を帯びるその行為に、実弥が舌を割り入れようとした時、実弥の鴉が何処からともなく入ってきて指令を告げた。
 チッ、と実弥が舌打ちをする。
 それさえもゆき乃は嬉しいと感じていた。


「飯食ってから行く」
「わーい!わたしもお腹ペコペコ」


 こんな日常を毎日迎えられたら、歳を重ねても過ごせたら……それ以上の事は望まない。
 そんな穏やかで、幸せな朝だった。

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