ほんの数時間前までは、チョコを選んでる自分を想像していた。
チョコを渡して喜んでる慧人の顔も。
でも、それが一瞬で曇ってしまった…――――こんな意地、さっさと捨てれば良かった。
「お疲れ様でした〜!」
定時のベルが鳴り、ぞろぞろと帰る声が聞こえてハッとした。
周りを見れば残ってる人は少ない。
その理由はカレンダーを見てすぐに分かった。
「金曜だったか…」
帰る足取りがみんな軽い気がする。
不意に目に入った慧人のデスク。
もうすっかりその姿はなくて――――きっと、あの子と一緒にいるのかと思うと胸が痛かった。
バレンタインの日にデートをすると言ってたし。
あの日、この席で手を掴まれた時に私が素直になっていたら、何かが変わったんだろうか。
ううんそれよりも前に、私が変な意地を張らずに、慧人にチョコを欲しいと言われた時に、もっと上手く返事をしていたら――――
「……ッ、」
パソコンの画面が滲む。
涙なんて流したくない、しかも会社で。
だから慌てて拭いて上を向いた。
何もせずに泣くくらいなら、想いを伝えて後悔すればよかった。
「あ?ゆき乃お前、まだいたのかよ」
「…なっちゃん、どうしたの?」
「お前今日ハナキンだぞ?仕事してないでさっさと帰れよ」
「な!なんでなっちゃんにそんな事言われなきゃいけないのよ。いいじゃないどうせ帰ってもやることないんだから」
「うわ、寂しい〜!つーか暗ぇな…なに、俺の慰め必要?」
「いらないわよっ!」
「仕事終わるまで隣にいてやろうか?」
「いいいい!もう終わった!帰るから」
いつも以上にニタニタと笑いながらしつこく絡んでくるなっちゃん。
今はそんな気分じゃない。
それに本当は、今やらなきゃいけない仕事もない。
きっと外に出れば華やいだ人たちでいっぱいで、その中に自分を放り込む勇気がなかっただけ。
でも、もうそんなのもどうでもいい。
今日はお酒でも買って帰ろう。
「なっちゃんは?帰んないの?」
「俺はまぁ〜テキトーに?いいから早く帰れよ!…風邪引くぞ」
「え?風邪?」
「あ?独り言…ほら、行けって」
どうしてこんなに私を帰したがるんだろう。
変ななっちゃん。
不思議に思いながらもエレベーターを降りて外に出て、
「ゆき乃さん…お疲れ様っす」
なっちゃんの言動が、何となく繋がった。