堀夏喜先生。
担当教科は国語で、隣のクラスの副担任を務める先生は熱血教師…――とは程遠い、物静かな人だった。
身体も大きくいつも硬い表情をしているから、あたし達生徒の間ではあまり人気はない。
体育の佐藤先生とは仲が良いみたいだけど、その人気の差は雲泥だった。
爽やかな佐藤先生の隣にヌッと立っている堀先生。
あたしも、初めは何とも思っていなかった。
むしろちょっと怖いと思ってた。
でもある時から――――あたしの視線は、堀先生に向いていたんだ。
「失礼しまーす!」
ガラガラとドアを開けると、吃驚した先生の顔が目に入る。
気にせずスタスタと入って先生の近くの椅子に腰掛けてノートを広げた。
「職員室って言っただろ?」
「うん、でも勉強教えるなら準備室の方がいいじゃない?集中できるし」
「…保科」
「なぁに?堀先生」
「必要ないだろお前には」
現代語は得意科目だろ――と、あたしに近づいてトンと指で教科書を叩いた。
背の高い先生が見下ろすとそれは物凄い迫力で…だけど、その目はいつだって優しい。
「でも、分かんない」
「…どこが?」
「堀…夏喜先生の好きなタイプ」
椅子に座ろうとしていた先生がピタッと止まる。
でもそれは一瞬で、すぐに何事もなかったかのように椅子に座った。
「名前で呼ぶのはやめなさいって言ってるだろ」
「夏喜だって名前じゃん」
「あのなぁ」
「教えて?先生のタイプ」
「…言っただろ?年上のキャリアウーマンだって」
「それ却下!だってあたし先生より年下だもん」
「だから…」
「そんなんじゃ諦めないから!年下だからとか生徒だからとか、そういうの無しであたしを見てよ!」
真剣にそう伝えたあたしの目を、逸らすことなく真っ直ぐ見つめる先生。
それから困ったように眉毛を下げた。
いつもと同じ表情で、熱を上げてるあたしを困ったように見つめる。
こうして、先生に振り向いて欲しくて想いを伝えても、先生の表情ひとつ変えることが出来ない。
「夏喜センセー?」
「うん?」
「あたしの事きらい?」
「嫌いなわけないだろ」
「じゃあ、好き?」
「……」
「あたしは先生が好き」
先生に手を伸ばして…――――服の袖を掴んだ。
今までで一番ドキドキする。
自分から詰めたその距離に、指先まで痺れちゃいそう。
ハッキリとした言葉を口にしたのは初めてだった。
でも、あたしはいつだって本気だった。
先生はあたしのこの気持ち、受け取ってくれる?
「保科は、大切な生徒だから」
答えになってないよ、先生。