そばにいたくて


黎弥くんの事を好きだという私の想いは、きっともう本人にバレてると思う。

だからあんな風に…会話の中で私の気持ちを確かめるような事を言ってくるんだと思う。

態度で分かるのに私が口を割らないから。

黎弥くんに気持ちを言わせないようにしてるから。


でも――――黎弥くんは芸能人で、私はその事務所で働くいちスタッフ。


黎弥くんは知らないかもしれないけど、ここで働くスタッフは全員誓約書を交わしてる。

タレントが行き来する事務所。

間違ってもその中で恋愛なんて御法度だ。

そんなの重々承知してこの会社で働く事を決めた私は、『タレントとの恋愛禁止』にサインをした。

働き出した当初は、自分に関係ない事項だって気にも留めてなかった。

だけど気づいた時にはもう、私の心には黎弥くんがいて。

もしその誓約を破ったら…――黎弥くんの傍で働く事が出来なくなる。

黎弥くんの力になる仕事にやり甲斐があって、スタッフとしてでいいから黎弥くんの傍にいたいって思った。

グループとしてこれからっていう大事な時期だから。

ここでなら黎弥くんを支えられるって。

だから、私はここを離れたくなくて……そう思うけど。


「これも言い訳かなぁ」


黎弥くんが出て行って、一人そんな事を考えていた。

でも…。

もしかしたら私は、そんな誓約書を交わしてなくても自分の気持ちを黎弥くんに伝えていたかどうか分からない。

単に自分の気持ちを黎弥くんにぶつけるのが怖いのかもしれない。

フィルターを通してみる黎弥くんも、私の前で見せる強引で優しい男らしい黎弥くんも…どっちも大好きで、尊敬できる人。

そんな雲の上のような存在の黎弥くんが私なんて…って。

そう思ってしまうのは逃げてる事になるんだろうか。


「戻りましたぁ」


フゥと溜め息を漏らした時、黎弥くんから返してもらったであろう社員証をかざしてハルが戻ってきた。

私を見るなり「ゆき乃先輩すいません、黎弥さん断れなくて」と笑う。


「どうだったの?澤くんと」

「どうだったもこうも…困りましたよぉ。嬉しいような嬉しくないようなって感じで…」

「あは、私もだ〜」


二人してデスクに腕を放り投げてだらけてみる。

ハルも…同じ理由で澤くんから逃げてる一人だった。

その日は二人共溜め息ばっかで作業が進まなくて、予想通り残業する羽目になった。


自分の気持ちを隠しきれず答えも出せないまま、ただ時間だけが過ぎていく。

黎弥くんに恋愛感情を抱いた事への戒めなのか、私の仕事は忙しくなる一方で。

仕事の忙しさとは別の理由で気分が落ち込む毎日だった。


――――あれから黎弥くんは、私の前に姿を現していない。

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