――次の日。
家を出る直前まで思い出していた昨日の事は、
「おはようゆき乃ちゃん」
電車で今日も一緒になれたヨシユキ先輩の笑顔によってもう頭の隅に追いやられた。
いつも同じ車両に乗っても満員だから近くに乗り込める確率は高くなくて。
だから、こうして一緒に出勤できる事が嬉しくて堪らない。
「ゆき乃ちゃん何か良い事あった?」
「え?」
「何かいつもより笑顔が眩しい」
「それはもちろん!朝からヨシユキ先輩に会えたからですよー」
「あっは、俺だったか〜」
やっぱりヨシユキ先輩との時間は、私にトキめきを運んでくれる。
想いは届いてなくても、こうして笑い合える時間は幸せすら感じられる。
他愛もない会話をしながら会社に向かう。
一度も自分から触れた事がないヨシユキ先輩の腕に何度も目をやりながら、「簡単に諦められる気持ちなら…」何故か颯太の言葉が脳裏に浮かんでいた。
「ゆき乃さん!」
エレベーターでなっちゃんと一緒になって、いつものように腕を組みながら一緒にフロアまで向かっていた。
そこに…やっぱり現れた中島颯太。
私となっちゃんに近づいて、「おはようございます!」と清々しいくらいの挨拶をしてニコリと笑った。
「颯太、あんたはいつでも元気ねぇ」
「はい!元気なかったとしても、ゆき乃さんの顔みたらすぐ元気っすよ」
「はいはい」
「じゃ、今日も頑張りましょう!」
最後に隣のなっちゃんにも挨拶をして、自分の部署に向かった颯太の背中を追った。
それは無意識の行動で、「ゆき乃さん?」なっちゃんの言葉に漸(ようや)く意識を戻した。
「なに?」
「颯太と何かあったの?」
「え?」
「何か…この前までと違う気がする」
まさかのなっちゃんの言葉にちょっとドキッとした。
私じゃ気づかない変化にもなっちゃんは敏感らしい。
ジッと綺麗な顔に見つめられ、ヨシユキ先輩とは違うドキドキに襲われる。
「気のせいよ〜!」
「…なんか妬けるんだけど」
私の顔を覗き込むなっちゃん。
この瞳に見つめられてその視線から逃れられる女子がいるんだろうか。
瞬きするも忘れてしまいそう。
「なーんてな!」
オデコを突かれてやっと我に返った。
ニッと意地悪く口許を緩める。
「年上をからかうな」
「ゆき乃さんでも照れるんだねぇ、可愛い」
お、恐るべし堀夏喜!
好きなのはヨシユキ先輩だけど、なっちゃんに本気で迫られたら断れる自信ねぇ!
…そんな事を呑気に考えられる内はきっと大丈夫なんだろうけど。