通勤時間は約一時間。
満員電車を避けることは至極困難で、会社に着くまで人に埋もれる憂鬱な時間。
――――ただ一つを除いては。
「あ、ゆき乃ちゃんおはよう」
乗り換えの電車。
いつもの車両に乗り込むと、私を呼ぶ声が耳に届いた。
手を振って手招きすると、少しスペースを空けてくれる。
「ヨシユキ先輩おはようございます!」
電車だから声の量は抑えたものの、溢れる気持ちは抑えられず声が1オクターブは上がった。
ヨシユキ先輩は半年前まで私の上司だった。
だけど上半期の部署異動で別部署に移ってしまって…。
最初は悲しかったけど、こうして毎朝同じ電車に乗れる事が余計に嬉しくて。
いくら満員電車でも、ヨシユキ先輩がいれば憂鬱な時間が晴れやかになる。
「今日も一緒になったね」
「はい!嬉しいです!」
「あ、もっとこっちおいでよ」
ヨシユキ先輩に腕を引かれたのと同時、電車が大きく揺れて…ヨシユキ先輩との距離がグンと縮まった。
ドクンと胸が脈打つも離れたくなくて。
そのまま顔を上げたら「大丈夫?」とヨシユキ先輩が優しく微笑んだ。
――――好き。
そう思ったのはまだヨシユキ先輩と一緒に働いてる時だった。
いつも私を気にかけてくれて、仕事が辛い時でもヨシユキ先輩の笑顔と見えない支えに助けられた。
それに…。
「ヨシユキ先輩、そっちかなり押されてません?」
「大丈夫!ゆき乃ちゃん潰れちゃうと困るから」
片腕を壁について私が立つドア付近を囲うようにして立つヨシユキ先輩。
電車が一緒になった時、こうして私を守ってくれる所も好き。
「ヨシユキ先輩が守ってくれるから安心して乗れます!」
「男が女の子を守るのは当たり前でしょ!」
「頼りになるなぁ!もう大好きです先輩」
「あははっ!ありがとう」
「ヨシユキ先輩の彼女にしてくださいよー」
「またそんな事言ってぇ…何も出ないぞ」
笑いながら私のオデコを指で小突いた。
舌を少し出して「えへっ」と笑うも、心の中では小さな溜め息が漏れていた。