【side 颯太】
突然、ふわりと香った甘い匂い。
一瞬にして俺の思考が混乱した。
「……」
念願のゆき乃さんとのデート。
会社ではもちろん可愛くて素敵だけど、休日のゆき乃さんは初めてで。
いつもとは違う服装に超テンションが上がった。
ゆき乃さんだけがカラフルで、周りの景色は全部、その輝きを引き立てる存在にしか見えない。
自分でも分かるくらい気分が上がっていて、尚且つさっき腕に触れられて…もうヤバいと思った。
今日はオトコ中島颯太を見せてやる!
そう意気込んで臨んだデートなのに、照れてちゃ意味ないやん!
だから気づかれないように、映画館に行こうとしたんだけど――。
ゆき乃さんの手が、俺の腕に絡んでる。
甘い香りはゆき乃さんの身体が近づいたから分かった香りなんだと思う。
何話そう…とか、手とか繋げたらええなぁ…とか。
考えていた事が一瞬で吹き飛んだ!
「え、あの…ゆき乃さん?」
ゆき乃さんがよく、夏喜さんとか知り合いの人にもこうしてるのは何度か見てた。
だけど俺はされたことなくて。
それはゆき乃さんが俺に興味ないからだって分かってた。
だからいつもその姿を見てはヤキモキしてたんだけど。
いま――――俺がされてる!
ゆき乃さんが俺に触れてる!
「なぁに?颯太」
小首を傾げて俺を見上げるゆき乃さん。
ここここれは、妄想なん?
昨日興奮のあまり寝れなかったせいで頭おかしくなったん?
それとも、まさかの夢とか。
空いてる手で自分の太腿を抓ってみたら痛みがあって…だから夢じゃないって思ったら、急激に嬉しさが込み上げてきた。
「ゆき乃さん今…俺の腕に掴まってます?」
「え、うん」
「俺…こうされるの初めて」
「……あぁ!これね!私よくこうして歩くの」
「知ってます」
「完全無意識だったなぁ」
そう言ってゆき乃さんの密着していた身体が少し離れた。
だけどその手はまだ俺の腕に触れたままで。
無意識でも何でも、ゆき乃さんとの距離が近くなった事が嬉しい。
「これ…男みんな勘違いするんちゃいます?」
「なぁに颯太、勘違いしたのー?」
「……」
「勘違いされると困るんだけど。それ正真正銘の勘違いだから」
やっぱり手厳しいゆき乃さん。
そう簡単にいかないって、分かってるけど。
でも、このデートは俺にとってのチャンスだから。
「勘違いしません!しないから…今日のデート、手繋いでもいいですか?」
「腕組んで歩くのも颯太にとっちゃレアだと思うけど」
「そうなんすけど…特別感欲しいっつーか。駄目っすか?」
俺の目をジッと見つめるゆき乃さん。
緊張して思わずゴクリと唾を飲み込む。
そんな俺を試すように見つめ続けたゆき乃さんは、暫くして…ニコリと笑った。
大好きなゆき乃さんの笑顔と期待感で――ドキンと胸が鳴った。
「ダメぇ!」
期待した分、大きく落胆する俺。
その顔を見て「あっは!」と笑うゆき乃さん。
ま、そうだよね…。
ガクンと肩を落とした俺に、「早く連れてってよ!」とさっきよりも更に身体を密着させて腕に絡みついた。